第5話「王国の対策会議」
モラシック城の会議室には、普段とは違う空気が漂っている。
「緊急会議のためにお集まりいただき、ありがとうございます」
上座には、モラシック王国の王女ユマリ。
「アヤメ、皆さんに資料を」
「かしこまりました」
ユマリの従者、アヤメが部屋を1周し、資料を配っていく。会議にはユマリのほかに、モラシック王国の女騎士アカデミーの教官であるシオン、先日のピスライムとの遭遇を報告したエレナとソニア、そしてピスライムの被害を受けた参考人として、セイカとセイラが参加している。
「本日の緊急会議の議題ですが、資料を見ていただければわかる通り、最近突然出現したとされている黄色いスライムについてです」
資料を配り終えたアヤメが、静かにユマリの斜め後ろに立つ。
「先日、エレナから黄色いスライムについての報告を受けて以降、同様に黄色いスライムについての報告を王国民たちから複数聞いております」
「うちのアカデミーでも、実技実習に向かった生徒が黄色いスライムを見かけたという話を、数日の間に何度も聞いている」
シオンが補足するように言う。
「また、セイラ様も、黄色いスライムの被害を受けたとお聞きしたのでお呼びしたのですが、本当でしょうか」
「はい。先日お姉様と依頼をこなして帰ろうとしたときに、突然黄色いスライムが現れて……」
その後自分の身に起きたことを思い出し、セイラは恥ずかしくなってしまう。そんなセイラの代わりに、セイカが口を開いた。
「セイラが黄色いスライムにぶつかられた途端、急にセイラが「トイレに行きたい」って言い出して……」
そこまでセイカが話したところで、ユマリがまた話し始める。
「そう、それです。エレナの報告も、王国民たちも、みな同じように「黄色いスライムと戦うと尿意を催す」と言っているのです。そのような魔物は、今までいませんでした」
ソニアが口を開く。
「突然変異……とは違うか……」
シオンが続けて話しだす。
「でも、確か魔力を使うとトイレに行きたくなるみたいに言われてなかったか? それと何か関係がありそうだな……」
「私も、それと何か関係があるのではないかと考えている。だが、私や騎士隊員があのスライムに切りかかったり、ソニアが殴った時に、スライムの身体から何かが飛び出したのが見えたんだ」
「私も、セイラがスライムにぶつかられた時に何か飛び出しているのを見たわ」
「なるほど……そうなると、黄色いスライムによって尿意を催すのは、そういう毒魔法なのでしょうか」
ユマリがそう言うと、セイラが恐る恐る手を上げた。
「セイラ様、どうしましたか?」
「あの、毒というのは、違うと思います……」
王女に意見するのは気が引けるのか、セイラは消え入るようにそう言う。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ユマリ様とこの王国のためにも、どうぞ聞かせてください」
アヤメがセイラに歩み寄り、肩に手を置く。落ち着いたセイラは、ゆっくりと話し始めた。
「私が急にお手洗いに行きたくなった時、お姉様の提案で解毒魔法を使ってみたんです。ですが、何も効果はなく……」
「……少なくとも、今の解毒魔法ではどうにもならない、ということか。これじゃあ、アカデミーで対策するのも難しいかもしれないな……」
少しの沈黙が流れた後で、セイカが話を切り出した。
「そういえば、ソニアさんはあのスライムを殴った時に急にトイレに行きたくなったって言ってたわよね?」
「ああ、そうだ……くそっ、思い出しただけで悔しくなる……」
「それがどうかしたのか?」
「魔法を使うには、体内でマナを操らないといけなくて、その過程で力を消費したマナがおしっことして排出されるってことなんだけど……魔法を一切使わないソニアさんやエレナさんもおしっこしたくなったってことは、直接マナをおしっことして送り込まれてる、みたいなことなのかしら……?」
セイカの発言に、ユマリがはっとした表情をする。
「確かに、それなら解毒魔法が効かないことも納得いきますね」
シオンが話しだす。
「そうなると、生まれ持った魔法耐性以外で尿意を催すのを抑えるのは、難しいかもしれないな」
「でも、それじゃあどうする? あたしもこの間急にトイレ行きたくなって咄嗟に物陰で済ませたけど、魔物と戦ってる最中に尿意に意識を取られ、最悪の場合漏らしてしまうというのは、相当致命的だぞ」
「……それに戦い終えたとしても、この間の私のように宿屋のお手洗いまで間に合わない、なんてこともありますよね……」
「あの時は私が水魔法で後始末したけれど、周りに他の魔物がいたらそうもいかないわよね……」
会議室が、沈黙に包まれる。
「……王女様、ひとつ提案があります」
エレナが手を上げる。
「エレナ、聞かせてくれ」
「黄色いスライムの未知の魔法には、もはや我々から打つ手はなく、せいぜい遠距離から攻撃するか魔法で接触せずに攻撃するほかありません。ですから、ここはスライムに対する対策ではなく、尿意を催した時のための対策を優先するべきかと」
短い沈黙の後、シオンが腕を組んだまま頷いた。
「同意見だ。あのスライムの本質は、直接的な戦闘力よりも「急な尿意」にある。我慢できずに戦線を離れ、あるいは崩れる。それが一番恐れるべきことだ」
「実際、この間騎士隊とあたしがあのスライムと戦った時には、我慢できず漏らした奴もいた。それにあたしも我慢できなくなって途中で物陰に駆け込むことになったし、「トイレに行きたい」ってことしか考えられなくなっちまったら、まったく勝負にならねえ」
ソニアが舌打ち交じりに言う。セイラが続けて口を開いた。
「宿屋みたいにお手洗いがある場所が近ければよいのですが、そうではない場所で襲われてしまえば……、実際、私の時も宿屋が近くなければ、漏らしてしまっている時に魔物に襲われていたかもしれません……」
「トイレまでが遠いことが、そのまま命取りになるわ」
セイカも同意する。
「ユマリ様、こちらが、被害報告のあった場所をまとめた地図です。宿屋などの、お手洗いの設備がある施設から離れた場所ほど、「間に合わなかった」という報告が多く出ています」
アヤメが資料を差し出しながら話す。ユマリは、ゆっくりと顔を上げた。
「……分かりました。では、その方向で話を進めます」
会議室の空気が、さらに引き締まる。
「黄色いスライムの研究は、王国を挙げて継続的に行っていきます。しかし、エレナが言っていた通り、尿意を催した時に対処できる場所──小規模な公衆トイレを増やすという対策も、他の王国と連携しながら並行して進めていきましょう」
「建設には騎士隊も動員できるよう、隊員に伝えておきます」
エレナがそう言うと、それに被せるようにシオンが話し出す。
「だが、管理はどうする? 放置しておけば、間違いなく排泄物の臭いに魔物が集まり使えなくなってしまいかねないぞ」
「その点に関しては、王国の清掃職を集め、巡回と清掃、整備のための部隊を編成します」
ユマリの声は静かだが、1つの大きな決断を下す、その重みがあった。
「また、王国全体に黄色いスライムに対する注意を通達します。不用意な接触を避け、討伐する場合は近接攻撃をなるべく避けるよう、騎士隊の方でも徹底をお願いします」
「承知しました。隊員に周知しておきます」
「アカデミーの方には、私から伝えておこう」
エレナとシオンが一礼する。
「……トイレを増やす、か。正直、勝った気はしないな」
「そうね、でも、今はそれが現実的にできる一番の対策ってことだわ」
「少なくとも、同じように崩されるのを繰り返すよりは、良いのでしょうか……」
ユマリは全員を見渡し、静かに話し始める。
「これは緊急の対策にすぎません。根本的な解決ではない。それでも、今必要なのは、何が起きているのか、どう対策するべきなのかを知る時間を稼ぐことです」
アヤメが、ユマリの言葉を漏れなく記録していく。
「では、本日の緊急会議はここまでということで。今後も異変があれば、報告をお願いします」
椅子が動く音が小さく重なる。
会議は終わった。だが、誰の顔にも安堵は無かった。
こうして、王国側も黄色いスライム──ひいては魔王軍に対する抵抗を始めた。




