第九話 瓜姫 六
櫓門をくぐり、列は進む。長い坂を踏み、城下の町までおりると、道の両脇では数多の頭がさげられていた。瓜姫は頬を上げて袖をふる。愛想が良いのは城の内でも外でも同じだった。
瓜姫一行に重臣はつかない。安芸原家到着の折に婚儀の口上を述べるよう、矢次郎は孫兵衛から命じられていた。無事に到着できれば、だが。
冴は自ら申し出て列に加わった。殿を務める。鞘に収めた十文字槍を肩に預け、滑るように足を捌く。背中が縦にも横にもゆれない。
乗物のあいた戸から白い袖がしばしば伸びる。瓜姫が身振り手振りを交え、名残を惜しむかのように清之介へと話し掛けている。
稲刈りを待つ棚田もようやく途切れ、国境となる山へと入った。冴は矢次郎の背中の先、昼なお暗い峠越えの山道へと視線を伸ばす。右側には山肌と笹薮の壁。左は切り落としたようになにもない崖。加えて道が鋭く曲がり死角を作っている。冴が十文字槍の刃を露わにした。
先鋒を受け持つ矢次郎も槍から鞘を外した。女乗物を担ぐ男たちへと掌をむけ、列をとめる。ひとり、死角の内側へと歩を進める。
「死ねや、老いぼれ」
怒声が聞こえるやいなや、冴は走った。清之介の後ろ衿を掴む。冴の急襲などまったく予想せぬ若侍は、為す術なく崖の下に抛り投げられた。
「なにをするんじゃ、冴」
駕籠から飛び出そうとする瓜姫の顔を、冴の掌が覆う。長い指がこめかみや頬を掴んで放さない。冴がぶるりと腕をふるわせる。瓜姫の体から力が抜けた。
怯えて肩を寄せ合う従者たちには目もくれず、長身が道の先へと駆けた。男がひとり。地に伏し、流れ出る血を土に吸わせていた。
矢次郎は腰を落とし、槍を構えている。穂の先では、数にして三十ほどのすさんだ顔が道を埋める。どの男の手にも槍か太刀。野盗が多勢に頼まず、十ほどの歩数をあけて動かないのは、矢次郎の腕に戦慄してのことであった。
さらには、あと幾らもせぬうちに心強い味方が加わる、と賊どもは思いこんでいる。かしらとおぼしき黒ひげの男と、冴の目が合った。
「お前が冴か。儂らの天敵が、まさか味方になる日が来るとはな」
黒ひげは黄色い歯を剥き、槍を立てた。
「猪の娘はもう殺したか。次はその爺を」
冴がどう動いたのか、矢次郎にはわからなかった。如何に間合いを潰し、黒ひげの首を落としたのかが見えなかった。
冴の動きは止まらない。道をふさぐ賊の群れを薙ぎ倒していく。十文字槍が横にふられるたびに頭と胴が分離する。栗の木をゆらし、実をくるんだいがを落とすよりも容易に、賊の命を奈落へと送る。
背を見せて駆け出した最後のひとりを、冴は槍を投げることで片づけた。木漏れ日を拾った十文字槍の刃が、白銀の線を引く。線は逃げる男の首を撫で抜け、血の柱をたてた。
矢次郎とともに駕籠の前に戻り、冴は呟く。
「頼み事ひとつにつき、報酬もひとつ」
気を失っている瓜姫の背中に腕をまわし、そっと駕籠から引き出す。冴が瓜姫の額に、自らの額を当てる。左の腕で頭を支え、右腕を樽のような体に巻きつける。なにかを願うように、切れ長の目を閉じた。存外に睫が長い。
「冴、なんじゃ急に。わたしの顔を鷲掴みにしてからに。それよりもイセが」
意識が消えている間のことは、当然にわからない。冴が賊を一掃したことも、瓜姫は知らない。
「矢次郎殿。こういう話はどうだろうか。清之介殿は賊と戦い命を落とした。瓜姫は驚きで獣に戻り、山へと逃げた」
冴の突然の申し出に驚きながらも、矢次郎は口に笑みをうかべた。
「それでは、儂らは城へと帰り、孫兵衛様に事の顛末を伝えるとするか。とあるかたからの差し金と、賊が口走ったと付け加えての」
冴の口元にも笑みが入る。
「古い男には骨がある。心強い」
浅いが丁寧な辞儀を送り、崖のふちから首を伸ばす瓜姫へと足をむけた。傍らに立ち頭をさげる。肩で断ち切った髪がはらりとゆれる。
「済まぬ。姫の想い人を崖の下に落としてしまった。あのあたりだ」
冴の指さす先には、黒いほどに葉の重なる茂みがあった。
「大怪我はしておらんと思うが、行って介抱してやってくれ。そしてそのまま、どこかへ姿をくらまし二人で暮らせ」
瓜姫は目を丸くして冴を見詰める。口も丸くあいていた。ぽかんとした顔は、あどけない娘そのものだ。無垢な娘は、頷く冴から矢次郎へと目を移す。矢次郎も黙って首を縦にふっている。付き従った者たちも、一様に首肯をくり返す。
瞳の中に明かりを灯し、瓜姫が冴の手を取る。冴が目を細めると、瓜姫の頬にも笑みが宿った。丸い顔がいっそう丸みを帯びる。
「わたしは、イセのもとへ行って良いのか」
「ああ、良いぞ。なあ、ジイヤ」
冴が瓜姫の物言いを真似た。
「瓜姫様、どうかお幸せに」
矢次郎も、列に就いた下男たちも皆、温かく瓜姫を見送ろうとしている。
「最後に教えてくれ」
冴は瓜姫との話収めとして、前々から抱いていた疑問を口にした。その答えが、心を大きくゆらすとは想像もせずに。
「なんじゃ」
「瓜姫は鹿の子なのに、どうして猪のふりをしていたのだ。瓜坊の瓜をわざわざ使って」
「さすがは冴。ようわかっとる。如何にもわたしは鹿の子じゃ」
瓜姫はにんまりと笑う。
「わたしがまだ、幼子のころの話じゃ。たまたま、母が鹿に戻った時にな。なんと狩られてしもうた。山で泣いておったら、尼様に拾われての。長い長い間、育ててくれた。尼様をいつも身近に感じたくて、瓜姫と名乗っておる」
「何故、瓜姫だと尼が身近なのだ」
「瓜は、尼様の名をひっくり返した名前じゃ。大きな尼様でな。冴によう似とる。初めて冴を見た時、あまりにも似ているので驚いたわ」
「うり」
息だけで言ったきり、冴は動きをとめた。




