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第七話 巡合 七

 今日の冴はよく喋る。三か月の月日は、本当に思いもよらぬ変化をもたらす。今この時を逃すと、もう二度と尋ねる機会は得られぬかと思い、十歳の子供がどうして、と常々感じていた疑問を点空は投じた。冴のことだ。答えたくなければ、そっぽをむいて稽古を始めるだろう。

「のう。お主は何故に野盗を殺しとったのだ」

「殺したいから」

 ただ、ひと言だった。

「金目の物をやつらから奪うとか、お主が襲われ反撃した、とかではないのか」

「違う。古寺に屑どもが集まっていると知って殺すために襲った」

 冴が凶行に及ぶ理由がわかっていても、点空は問わずにはいられなかった。

「どうして」

「母様が殺されたから」

 老いた胸にずきりと痛みが差す。

「あいつらにか」

 いや、と冴は首を横にふった。

「母様を殺したのは、ほかの屑たちだ。その場で何人かは私が始末した。残りは逃げてどこに行ったのかわからない」

「じゃあ、まるで見当違いの者を殺しとることになるぞ」

「それで良い。この世から屑を皆殺しにすれば、母様の仇も討てる」

「滅茶苦茶だな」と言いながらも点空は深く頷いた。

「ここにおる男たちのほとんどが、お主と同じような経験をしておる。皆、その古傷が開かぬよう、日々を送っている」

 くくくく。点空は拳を口に当て、俯き加減で笑った。

「なんだ、爺さん。気持ちの悪い笑い方をするな」

「楽しみじゃないか。お主は強い。力と速さで敵を薙ぎ倒す。そこに術理を加えれば、十万の軍勢を相手にしても、おくれをとることはなかろう」

「十万を倒すのは、無理だろう」

「皆殺しにする必要はない。素早く敵の大将にたどり着き、首を刎ねればよい。布陣の穴、乱れ、士気の落ちた箇所。理を知れば、それらが見える」

「そんなに都合よくいくのか」

「術とはそういうものだ。こんな老いぼれにすっ転がされたのを忘れたわけではなかろう。あれが、術だ。儂の技を身につければ、もっと短い時間で、もっとたくさんの野盗を殺せるぞ」

「滅茶苦茶だな。坊主の言葉とは思えんぞ」

 冴の目から、すっかり険が抜けている。

 うひゃひゃひゃひゃ。点空は手を叩き、猿のように笑った。

「法天寺は良いぞ。野盗どもを殺しても、仲間の坊主がちゃんと弔ってくれるからな」

 片眉を器用に上げ、点空は小鼻を膨らませた。あまりに得意気に笑うものだから、冴もつられて微笑んだ。ほう、と点空の目が丸くなった。

「お主、笑うと案外に可愛らしい顔になるのだな」

「う、うるさい」

 *

「済まない。私が虫には食われぬ体の(たち)だから、見落としていた」

 冴、伊助、みよ。この三人の昨晩の寝床は、道の外れだった。皆で焚火を囲み、横になった。朝を迎えると、伊助とみよが赤く腫れている。顔、腕、足。皮膚の出ているところすべてが蚊の餌食になっていた。みよがひどい。脹脛(ふくらはぎ)が赤く膨らみきっている。

「まずは水で流そう」


 冴は背筋を伸ばし、あたりをゆっくりと見回す。山の下り斜面に鼻先をむけ、頭をとめる。

「こっちだ」

 一歩踏み出し、ふり返る。

「その足では歩くのも難儀だろう。みよ、抱えてやろう」

「ううん、いい」

 頬の蚊の噛み跡に爪を立てながら、みよは首を横にふった。

「遠慮はいらん」

 冴は膝を折り、みよの腋に掌を差しこもうとする。

「歩く。あたし、自分で歩く」

 幼い目のふちが、強い線となった。

「がんばって歩けば死なないんでしょ。兄たんと一緒にいられるんでしょ」

 歩くことが、明日に繋がると信じるみよはかたくなだった。

「大丈夫だ。お前たちは死なない。みよ、こっちに来てくれ。私が小さな子を抱きたいんだ」

 冴の眉がゆるい八の字を描いた。声には丸みがひそみ、なんとか幼子を説き伏せようとする。

 ふと、伊助の意識の底にある思いが灯った。天を衝くような背丈。短刀を一瞬で折る腕前。放つ殺気は、空気にひびを入れるよう。そのため、まさかそんなことはあるまい、と勝手に思いこんでいた。

「伊助は背に乗るか」

 うん、間違いない。冴は子供が好きなんだ。

「俺は歩くよ。みよをお願い」

 負ぶわれることへの気恥ずかしさと、今にも背中を貸しそうな冴へのおかしさが入り混じり、伊助は頬を上げた。

 沢があると告げ、みよを抱えて冴は行く。山の急な斜面を少しもふらつくことなく、重心を沈め勢いよく滑り降りる。両手の自由な伊助が何度も尻もちをついているのに。

 途中途中で冴は止まり、地に手を伸ばす。伊助が追いつくと、草を手渡された。細かな毛に覆われた裏はやや白みがかり、表は目に優しい緑の葉だ。

「なにこれ」

「蓬だ。痒みどめになる」

 伊助は葉に鼻を寄せた。角の取れた青い香りが爽やかだ。

「懐に入れておいてくれ。もう少しで沢だ。行くぞ」

 冷えた水で体を洗い終えると、赤いむくみも幾らかはましになった。兄妹が水浴びをしている間に冴は新たな蓬を集め、二人が帯を締め終えるころには、掌を擦り合わせていた。なにをしているのかと伊助は目を凝らす。地に尻を据える冴の横に、緑の小山をみつけた。汁が沁み出し、くたくたになった蓬の葉だった。

 葉を揉む手が止まる。みよをおいでと招く。細い足が駆け、滴の垂れる髪をゆらせた。

 みよが冴の前で立つ。両手を真横に広げてじっと佇む姿は案山子に似ていた。冴はみよの腕や足に蓬の葉を貼り付ける。殺気は欠片もなく、目には穏やかな色がういている。大きな掌で幼子の頬を包み、やわらかに撫でた。

 みよが冴を「姉たん」と呼ぶことに、伊助は合点した。今の冴は、年の離れた妹の面倒をみる姉のようなのだ。蓬の葉を肌に当てればよいと見て取り、伊助は自分で手当てした。

 葉を暫くは剥がさないように、と言い置いて冴は沢の上流へとむかう。伊助たちが水浴びをしたほんの先で、岩魚を掴みあげた。その場でわたを抜き、岸へと抛る。見る間に五尾。

「姉たん、すごいね」

「どうしたらあんなに獲れるんだろうな」

 兄妹が話している最中に三尾が追加された。

 魚が焼けるのを待つ間、蓬の葉を貼りかえる。その甲斐あってか。伊助は、痒みが随分と治まっていると感じた。

 朝餉を終え、三人は旅路に就く。歩む足は四本。山道に戻る際、みよを抱えてきつい斜面をのぼったのがそのままとなった。

「姉たん、いいよ。自分で歩くよ」

「みよ。助けてくれる人がいる時は、遠慮なく頼れ」

「ええ、でも悪いよ」

「気を遣うな。自分が大きくなったいつの日にか、困っている人を見掛けたら助けてやれ」

 言い聞かされてから間もなく、みよは冴の腕の中で寝息をたてた。木の葉が暑さを散らし、時折吹く風には熱がない。汗の滲んだ首筋に、伊助は心地良さを覚えた。

 冴に追い剥ぎを仕掛けてから三日目。蝉はもう、鳴きを分厚く重ねるようになっていた。蝉の声を子守歌にみよは眠り続け、茶屋での昼の一服時も目を覚まさなかった。法天寺へむかう道のりだけでなく、兄と二人きりで生きてきたつかれが、みよを寝かしつけていた。

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