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第五話 雪女房 壱

「のう、お前たち。わたしと話をしてくれんか」

「やかましい」

 蓑で分厚く体を覆った男が白刃を振りあげる。頬被りした手拭いに、雪が次から次へと吹きつける。

 男の正面には、か細い体を白装束に包んだ女が立つ。血の気の失せた顔が、長い睫にふちどられた目をいっそう大きく見せる。雪混じりの強い風に黒髪が躍る。まるで巣に張り付く蜘蛛の脚のように、髪先は宙へと伸びる。

「生け贄を出したのに、どういうつもりだ」

「わたしが雪を降らせるのではない。勝手にお前らが社に男を放りこんでいるのだ」

「言うな、化け物」

 刀が中空で大きく弧を描く。真っ向からの袈裟斬りを望んでいたかのように女は受ける。

 ぎああああ。女の悲鳴ではない。自らの膝に刃を食いこませた男の叫びだ。

「この雪女郎め」

 頭に笠をのせた男が槍を突く。胸に穂が入り、柄まで背中に抜ける。女の着物に血は滲まず、白いままだ。勢い余った男は女に抱きとめられる。

「のう、ひと言で良い。わたしと話をしてくれ」

 囁きを交えた吐息が男の耳に吹きこまれる。男の肌に霜が吹き、棒のように倒れる。

「ああ、また死んでしもうた。どうかわたしを恨まんでくれ。憎まれて生きるのはもう嫌だ」

 女の目からこぼれた涙はたちまち凍り、硬い粒となって頬を転げる。途端にあたりが冷え、村から出張った五人の若者は顔に氷が張る。まばたきも心の臓も止まる。

 雪女の退治は常に失敗に終わる。しかし、過ちを知る者が失せたころ、村人は雪女に刃をむける。(いにしえ)よりくり返される不毛な行いだった。

 雪女に村の若い衆が骸に変えられてから三十余年が経った。

 

 冴は雪に足を沈め、山を登っていた。木々のわずかな隙間を、息ひとつ切らさずに進む。先を見る目が研ぎあげた刃のように鋭い。

 白衣に白の袴を合わせ、脚絆も白を巻いている。雪山では景色に溶けこみ、居所がつかめない。寒行に励む山伏にも見えるが、簡素な拵えの刀が腰に一本。手には弓を持っていた。身の丈をはるかに超える弓は、木立の間を縫って歩くにもかかわらず、一度も木の枝に触れない。

 頂を抜け、幾分下った地点で冴は足をとめた。雪混じりの横風が短い垂れ髪をさらう。切れ長の目を飾る睫に雪が当たるも、まばたきをしない。冴は吹雪をまるで気に留めていなかった。降る雪が足跡を覆い、都合が良いとすら考えていた。

 木々の合間から丸く小ぶりな湖が見える。沈みかけた陽の弱い明かりが、水面で頼りなく千切れていた。一箇所、山の切れ目があるきりで、まわりを斜面に囲まれた湖は、飯茶碗に注いだ酒を思わせる。切れ目のわきに、大きな岩と古い社がならんでいた。

 社へはむかわず、風裏となる木の幹に冴が背を寄せたのは、追っ手を避けるためだった。十や二十の手勢なら、苦も無く斬り伏せることができる。が、要らぬ殺生をせずに済むのであれば、それに越したことはない。

 社を見張りながら一夜をすごすと決め、雪の上に腰をおろす。葉を落とした枝の鳴き声が細く長く続いた。冴に凍える様子はない。

 冴。野盗どもには呪わしい名前だ。豪商には頼もしい名でもある。陸路で運ぶ荷を必ず守り切る用心棒。これは冴の表向きの仕事。裏では、積まれた金次第で殺しも請け負う。

 百歩離れて当てれば名人とされるのが弓である。それを冴は三百で射た。三日月のように先の大きく開いた雁股鏃で、大男の首を藁の如く切断したのが朝方のこと。

 冴は山に隠れ、今、夕空を眺めている。雲が低い。葉を散らせた枝が、敷き詰められた雲に鋭くひびを入れていた。

 冴が雪を掬った。掌にのった雪がみるみる溶ける。指の間から落ちる水は、透き通った紐のようだ。消えてなくなるよりも早く雪を盛り、雪玉を作った。座ったまま抛る。軽く腕をふっただけだが、玉は横殴りの雪を真っ直ぐに切り、点となって消える。またひとつ作って投げた。冴の跳ねた目じりに、わずかなほころびが見えた。

  

「さえがおっては勝負にならん」

 十歳の男児が両手を頭に当て、背中を反らせた。

「もうちっと手加減して投げれや」

「雪の玉でも合戦は合戦。思い切りいくよ」

 年長の子の言いように笑顔で応じるさえは、とても五歳には見えなかった。背丈が十歳の子を上回っている。伸ばした髪を後ろで束ね、白衣に緋袴。冬とは思えぬなりだがさえの頬は赤く火照り、体にふるえはない。

「さえはぬくいの」「熱いくらいや」「ほんになあ」

 さえを中心に子供たちは集まり、掌や肩、背中を押し当てる。

 おしくらまんじゅう おされてなくな

 知らぬうちに遊びへと変わる。よく見る形と違うのは、さえを真ん中にして子供たちが背中や尻で押し合うこと。さえは声をあげて笑っている。

 さえが一度輪に入った時、腕を組み合った隣の子の肩が抜けそうになった。それ以来、さえは四方から押されて揉みくちゃにされるのだった。

「さえに触るとあったかいし元気が出る。やっぱり龍神の子やからか」

「さあ、わからん。母様に訊いてみるね」

「母様ってりう様やろ。りう様は龍神の化身やって父ちゃんが言うてたで」

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