第四話 風雲児 五
三年の時がすぎる間に、左兵衛の新たな妻は玉のような赤子を産んだ。主の泰勝にとっては初めての孫だ。しかも男。左兵衛の立場は日の出の勢いであがった。
りうからは音沙汰がない。戦でのはたらきを信じ、ひとところで夫の帰りを待っているのだろう。左兵衛はりうを半ば忘れ、もう子は産まれたかと気に掛かった折には頭をふり、りうの面影ごと払い消した。切れ長の目をやわらかに細める笑みが、男どもの群れにかわった。
今、左兵衛は槍を握っている。功を立てれば領地を与えると泰勝から約束された合戦の最中だ。白地に赤文字で「龍」と大書きした幟を背にさし、馬をあやつる。幟を目にするだけで敵兵は逃げて散った。左兵衛は敵陣深くに食いこんでいく。ひとりで戦の勝ちを掴もうとするかのように。
土煙をまき、左兵衛は進んだ。馬上から無造作に槍を突く。ひとつ繰り出す毎に血飛沫があがる。左兵衛は片頬を上げ、笑みをうかべた。
どけ、虫けらども。狙うは兜首。一国一城の主となるのだ。
りうと会う前、殴られるばかりの若者だったころ、源蔵と権一から散々投げつけられたいびつな笑みを左兵衛も頬に刻んでいた。
低い丘を背に、寄って動かぬ群れをみつけた。どの幟も同じ。果実と三枚の葉を象った橘紋だ。名のある武将を守る一群だと目星をつけ、左兵衛は手綱で馬の首筋を打った。ぐんと足がはやまる。熱い風が心をさらにうわつかせる。
橘紋の男たちは、迫る「龍」の幟を迎え撃つように一枚の壁となった。
腰を低く落とし、槍を構える若武者がいる。左兵衛は前に出た。大剣の舞いで腕を切られる寸前、目を凝らし、集中の果てに権一の動きを見切った心の有り様を根こそぎ忘れている。
「小僧、槍の錆にしてくれるわ」
かざした穂先を雑に突きおろそうとした刹那。左兵衛の太股を熱が貫いた。
なにが起こったのかもわからず、落馬する。地面に打ちつけた背中を起こす間もなく、左兵衛は組み敷かれた。荒い息遣いが鎧のこすれ合う音の間を縫い、耳奥へともぐりこむ。腕のひと振りで跳ね飛ばせるはずの敵の体が、いつまでも張り付いている。りうのもとを去ってすでに三年。龍神の精は、体から失せていた。
もがく左兵衛の目が、まだ少年とも思える白い頬をとらえた。視線が重なる。身が竦む。若い瞳に宿る力は、武人として果てる覚悟なのだと左兵衛が気づいてすぐさま。若武者の頬が返り血で紅に染まった。鎧通しで首をかき切られたのだった。
――左兵衛の鼓動が最後のひとつを打った時、りうは女の赤ん坊を産んだ。




