第三話 りうとさえ 弐
若い木こりのおかげで、庄屋である忠兵衛との面会は円滑だった。それどころか。庄屋の老いた母までが玄関先での用談に、足を引き摺りながら顔を出す。りうとさえの佇まいに、老婆にはなにか感ずるものがあったのだろう。
「忠兵衛。すぐ小屋を建てて差し上げよ」と命じ、「ありがたや」と手を合わす。
庄屋屋敷の門をりうとさえが出ると、人垣が待っていた。
「ひえ、そっくり」「大きい」「なにしに来たの」
子供たちが一斉に声をあげ、母娘を取り囲む。
さえが膝を折った。切れ長の目をやわらかに細めて言う。
「わたしはさえ。年は十」
ええー、と小さな口から大きなどよめきが湧く。なにに驚いているのかがわかるさえは、微笑みのまま立ち上がる。頭や肩が、まるでゆれない。
「信じられん」
五助がさえの横にならぶ。頭のてっぺんに擦らせた掌を、しきりにさえへとやった。
「なあ、俺の姉様になってくれ」
「ええけど、わたし怖いよ」
さえがわざと眉を険しくする。
「そうかな。とっても優しそうだけど。きれいだし」
五助のませた口振りに居合わせた大人たちが声を出して笑い、その日からりうとさえは村人たちに溶けこんだ。
「母様。刀の使い方を教えてくれ」
りうは両の眉を軽く上げ、もの問いたげな目を作った。
「五助たちと、斬り合いの真似事をして遊ぶの。ちゃんばらとか言うておった」
「さえが相手じゃ、誰も勝てんだろ」
「うん。かすりもせん。でもな、わたしからは打てんのよ。力の加減がわからん」
「なら、私と稽古しよう」
山に入り、薬草を摘んでいる最中の話だった。母娘は手ごろな棒を拾い、向き合った。
「ほら、私に打ちこんでごらん」
石火の速度で足を捌き、さえが間合いを詰めた。肩を狙い斜めに振り下ろす。棒がまだ宙を切っている途中で首を左に捻じり、視線を移動させた。さえの頭がぺしりと小気味良く鳴る。
「こんなふうにね、当たったらすぐに棒を上げる。良い音がしたでしょ。痛くないし。だけど相手は、やられたーって気分になる」
打たれた箇所を掌でさすり、さえは笑っている。
「しかし、さすがだな。私が横に身を移したのを見て取った」
「本物の刀もこうやって使うの」
「いや、本物は当たってから切り下げる。刃筋を立てて」
「母様は人を斬ったことあるの」
怖いことを訊く十歳である。
りうは浅く目を伏せ、静かに胸奥の息を鼻に通す。この話はこれ以上してはいけないと、さえは悟った。りうの目に笑みが戻る。
「さあ、稽古に入るよ。今度はよけないからね。実際に当てて痛くない打ち方を覚えよう」
さえは要領をすぐに掴み、りうの肩や胴をぺちんぱちんと鳴らす。あははは、上手い上手い。打ちこむたびに母は笑う。さえは仕損じないよう大真面目な顔だ。この日より、武芸の稽古が毎日のこととなった。
「そろそろやめよう。万が一、強うに打って腫れてしまえば、これ」
りうが茂みから、そくずの葉をもいだ。笹に似ている。葉脈の走りが、鳥の羽根を思わせた。
「汁を搾って塗ればいいから」
「切り傷とか腹くだしに効く葉や根もあったよね。覚えたよ」
えらいな、と母は目を細め、娘の頭を撫でた。
「それとね、村の子と遊んでたら、山崩れで家を潰された人からお礼を言われた。『おかげで命が助かりました。かたじけのうございます。りう様にもよろしくお伝えください』だって」
「りう様なんて呼ばずに、おりうで良いのにね」
「この村に長く住めると良いね」
「そうね。そのためにも、私とさえで人の役に立とうな」
「馬鹿げた話ではありますが、奉行様の耳に入れておきたいことが」
「目はしの利く忠兵衛が、わざわざ無駄話を知らせに来るとは思えんが」
山村の庄屋が、片隅の部屋とはいえ屋敷に上がることを許され、奉行と直に話ができる。忠兵衛が如何に高く買われているかのわかる光景だった。
「滝の畔に流れ者が住み着きまして。いつも山に入る私どもでも知らぬ湧き水を見つけ出し、先の大雨では山崩れを言い当てました。坐創や金創の手当て、骨接ぎにも長けております」
「ほほう。便利者じゃな。格のある落人ではないのか」
「それが女でして。若い母と娘。いつも白衣に緋袴ですので、歩き巫女かと」
「間者ではあるまいな」
奉行の声に険しさが露わとなった。戦国の世では、いつどこの国から刃をむけられるかわからない。自国の地形や民の暮らしは、秘すべき内情であった。
「探りのにおいはありません。母はゆるゆると村の中を歩き、用のある者が呼びとめる。よろず屋ですな。娘は母についてまわるか、村の子と戯れております」
「聞く分には害のない者のようだな」
「はあ。ただひとつ、気になることが」
なんだ、と返す奉行の顔には警戒の色が差しこまれていた。
「二人とも、相当に腕が立つのです」
「女なのにか」
「はい。二人が広場で稽古を始めますと、あまりの見事さに村の者は腰をおろして見物します」
「忠兵衛も見たか」
「二度ほど。娘の打ちこみはまるで疾風。人の動きとは思えませぬ。それを母はひらりひらりと舞いのようによけるのです」
ああ、そういえば、と忠兵衛は言葉を継いだ。




