第三話 りうとさえ 壱
荷馬の列は行儀良く、狭く険しい道を進む。積荷を見る冴の胸の内に、針が浅く突き立った。
火縄銃、鉛玉、火薬の原料となる焔硝。
冴が胸の奥底へと封印した覚えを引き摺り出す物たち。これらはふとした拍子に、轟音とともに玉を撃ちこまれ、体中から血を噴き出した母の姿を眼裏に流すのだった。
奥歯を強く噛んだため、頬に硬い筋が走る。拳を胸に当て、息をひとつ吐いた。感情を殺すことに長けた冴には、稀な仕草だった。
強く頭をふり、冴は列を見遣る。
「よくぞこれだけ、作り出した」
誰に聞かせるでもない独り言は、動揺を鎮めるための儀式なのかもしれない。女にしては低い声だ。五頭の馬の背でゆれる木箱の数と大きさから、運ばれる焔硝の量は火縄銃三万発分、と冴は目算した。
馬に寄り添い、前を歩く村の男衆は五人全員が胴、臑当、籠手で身を固めている。左手は馬を引く綱を握り、右の手には素槍。
昼なお暗い山の細道は、くねる蛇さながら。冴は十文字槍を肩に担いでいた。九尺の槍が、寸を詰めた手槍に見えるほど背が高い。脛をしぼった細身の袴が長い脚を包み、腕は筒袖に通されている。上下の衣とも、見慣れぬがらだった。緑と朽ち葉の色が入り混じる。注意を怠ると山に溶けこみ、冴の居所はつかめない。
目は前についている。行く手をふさぐ賊は村の男でも気づく。だが背後を狙われれば、ひとりが死んでから難を知る。冴は殿を務めた。雇われの用心棒として、進んで背中を危険に晒す。
死と隣り合わせても、冴に気負いはない。腰をかすかに沈め、前に出る。背中が縦にも横にもゆれない。時折、剥き出しの刃を思わせる視線を左右に投げ、枝葉の擦れ合う音すらも収める。まだ冷えの混じる春風を受け、短い垂れ髪が舞った。白い首筋が露わとなった。
仕事の依頼を受ける際、村の長は言った。
「いろいろと試しながらの八年でした」
火薬の元となる焔硝の生産は、忍びの世界に属する者が細々と為すだけ。製造方法は秘中の秘。戦国大名たちは、海を越えた大陸からの品に頼った。火薬をどれだけ用意できるかで、戦は勝ちにも負けにも転がる。
「この商いが上手くいけば、もう赤子を間引かずに済みます。しかし、仕損じれば」
焔硝の注文は、とある苛烈な戦国大名からだった。戦に勝つためには、金に糸目をつけない。代わりに、商いに不首尾があれば村を焼き払うだろう。
物は揃えた。質も良い。懸念は、運搬途中での強奪。戦では金で雇われ雑兵となり、銃を撃ち、槍を振るう荒くれが徒党を組み、荷を狙う。武装した村の若者が敵う相手ではない。
そこで冴に声が掛った。
冴。必ず荷を守るだけでなく、襲撃者を皆殺しにすることでも知られていた。
母と二人で暮らしていたころ、冴は自分が人殺しを稼業にするとは想像だにしなかった。父はおらずとも、母と娘でよく笑いあった。村から村へと流れ、人との交わりを大切に生きた。
「母様、山奥なのに大きな家が多いね」
娘が、幼い声を高くした。木々の間から、二人は村を眺めている。娘の名はさえ。母様と呼ばれた女の名はりう。暫く山を下ると、りうの白い指が先を差す。
「木を売るのが生業のようね。ほら、あそこ」
ひと抱えもある丸太が、幾段にも積み上げられていた。
「さえ、里をごらん」
陽の光を存分にはじく田には、細く可愛らしい苗が整然と連なる。
「庄屋がしっかりしているんだろうね。あの屋敷がそうかな」
点々と変わる母の指さす先を娘は追う。山を背にした分厚い茅葺屋根が、白壁の塀に囲まれていた。
二人は揃って顔を山道にむけた。左右に木が迫り、落ち葉や朽ちた枝が地面を埋める。茂る葉の間を通り抜けた日差しが、ちらちらと動くだけだ。しかし。
「母様、人が来るね」
「三人。足の運びが慣れている。木こりかな」
二人が囁きを交わして暫く、道の果てに人影がならぶ。りうの言ったとおり、三つ。
「もうし、済まぬが」
よく通る声を投げ、りうが進み出た。さえも付き従う。
「や、山の神じゃ」
男たちは尻を地につき、隣り合って立つ母と娘を見上げた。六つの瞳が何度も左右に動く。
りうとさえ。水面に映る影のように二人は似ていた。
細面に切れ長の目。心の奥行きが滲むなだらかな眉。筒のように丸めた紙で黒髪を束ねている。幾つもの山を越えたにもかかわらず、二人の白衣と緋袴には一切の汚れがない。頭の高さもきれいに揃う。並みの男の、髷を見下ろすほどの長身だ。
「そう驚かんで。山の奥の滝の隣に住みたいのだが、良いかな」
「滝とな。ひゃ、龍神かえ」「ご来臨じゃ」「おい、忠兵衛様にお知らせせい」
指示の声に、年若の男が山を駆け下りた。
「案内するけえ。こっちに」
男二人は頭に巻いた手拭いをほどき、分厚い体を折り曲げてりうとさえをいざなった。
「母様、当たってるね」
さえはひそめた声を母の耳に送りこんだ。りうは目を弓なりに優しく曲げ、頷いた。
「母様は、この村にどれほど居られると思う」
「さあなあ」
さえが、ひいふうみいと指を折る。
「ここで七つ目」
「そんなになるか。一緒に過ごした人たちは、今どうしているのか。会って話を聞きたいの」
「あんなひどい仕打ちを受けても、母様は会いたいのか」
「そう言うでない。人は弱いものなのだ。恨んだらいかんよ」
了解とも疑問とも取れる角度で、さえは頭を動かした。
「ねえ、村の子と遊んでも良いかな」
「もちろん。さえは子供と遊ぶの好きだもんね。と、当たり前か。さえも子供だし」
前を歩く木こりたちには、はははと笑う親子の声が届くだけ。一心に先を急いでいる。もしも振り返って母娘の歩くさまを見れば、つい口にした「龍神」の言葉がまことだと悟るだろう。
二人して肩や頭が一切ゆれず、木の根や石で荒れた小径を滑るように進む。袖も袴も、茂みや小枝にまったく触れない。風がすいと隙間を抜けるように身を運ぶのだった。りうとさえ。紛う方なき龍神の親子。




