第二話 さとりと龍神 八
懐かしさと敬いのこもった声だった。冴のことを話すのが楽しくてたまらないようだ。この人たちなら、知っているかも。喉を通る声がはずむのを、抑えられなかった。
「冴は、本当に龍神の血を引いているのですか」
ぶわはははは。青空を割るような笑い声だった。
「さあな。ここは天狗が槍を振るう法天寺。龍神が来てもおかしくはない」
年寄りはくしゃりと音をたてるほどに大きく相好を崩した。ほかの僧たちも笑っている。
天狗だとか龍神だとか、いい大人が本気で言っているのだろうか。竹若は猿に似た僧の心を読もうと、瞼をせばめた。色もうかばず、声も聞こえない。ほかの僧も、またその隣も。誰も彼もすべて、胸の底を見ることができなかった。この時以来、竹若はさとりとの縁が切れた。
竹若は法天寺で八年の修錬を積み、城へと戻った折に雪泰と名を変えた。柔弱だった自己を雪ぎ、自国に泰平をもたらす、との願いがこめられている。
さとりの力を失ってからは、人の行いを具に見届け、事を判じるよう意に留めた。どんなに恐ろしい面や不愛想な皮を被っていても、どのように動くかで人の内面を推し量るよう、自らに課している。
又兵衛は八年前のあの日、雪泰が旅立ってから間を置かずしていなくなった。その日をさかいに、餓鬼の来襲もやんだ。城に戻り十年以上が経つ。父の泰信は今も健在である。
雪泰には、よく考えることが三つある。どうして身ぐるみ剥がれたのか。どうして冴に、抜けと命じられたのか。どうして殺されなかったのか。
ふたつは、自分なりに納得のいく答えを得ている。
十歳の子供の依頼を受ける報酬として、冴は法衣と守り刀を持ち去った。その証拠に、又兵衛は城から去り、さとりの力は消えている。
刀を抜かせたのは、さとりを祓うため。自らの思い起こした気持ちで胸を満たさなければ、さとりの根は切れなかったのではないか、と考えている。
冴になら、殺されてもいい。
これよりも強い決断は、雪泰と名を変えた後にも下したことはない。
どうして殺されなかったのか。これについては、とんとわからない。
わからないことはもうひとつ。冴は本気で、龍神の血を引いていると言ったのだろうか。
今日、長男である杉若が城を出る。わが子にも法天寺での日々を経験させるため、十歳を迎えたのを機に送り出すと決めた。
草鞋の緒を結んでやった。杉若は、目を細めて雪泰の胸を眺めている。何故、雲水の恰好をさせられているのか、探っているのだろう。
城内の坂をくだり、櫓門へとむかう。夜のうちに冷えた空気が風となり、雪泰の頬を撫でた。
もうすぐ陽が昇る。開け放たれた大扉に、朝の光が白く抜ける。扉の右隅には、錫杖を手に立つ影があった。輪郭だけで、相当な背丈だと知れた。




