第8話 ルタ村の収穫祭と、南からの風の噂
その日の夜、ルタ村の広場はこれまでにない熱気に包まれていた。
「カイ! あんたが育てた野菜を入れたスープだ、たっぷり食ってくれ!」
「こっちの豆の煮込みも最高よ!」
広場の中央で焚き火がパチパチと音を立て、村人たちが笑顔で料理を囲んでいる。
ルタ村、一年目の「収穫祭」だ。
かつては飢えと絶望で生気を失っていた村人たちの顔には、今や確かな活力と、明日への希望が満ち溢れていた。
「おう、大将! 今回の野菜も最高の色つやだぜ!」
ダミ声とともに、焚き火の輪に一人の男が加わった。
隣町の集落から買い付けに来た、恰幅の良い行商人だ。
彼の背後には、ボロボロに錆びついているが、確かにエンジン音を響かせる「ガソリン駆動の小型トラック」が停まっている。
(文明が完全に滅んだわけじゃない。古い内燃機関の車が動く程度の技術と、燃料の供給網はまだ生きているんだ)
俺は一年かけて、この世界の文明レベルをそう分析していた。
格差は凄まじいが、富や物資が集まる大きな街に行けば、もっと前の世界に近い文明があるはずだ。
「ザキの奴と交渉してな。あんたの村の野菜と、こっちの塩と布をたっぷり交換させてもらったよ」
行商人はホクホク顔で、荷台に積み込まれた新鮮な野菜を叩いた。
この一年、月に一度は顔を出してくれる、数少ない「外の世界との窓口」だ。
世間話のついでに、カオルの情報を頼んであったのも、この男だった。
「それはよかった。これからもルタ村をよろしく頼む」
俺が酒の入った木のコップを傾けると、行商人はふと、思い出したように声を潜めた。
「そういや大将。あんた、ずっと『自分と同じような顔立ちの女』を探してるって言ってたよな?」
「……!」
俺は持っていたコップを強く握りしめた。
「ああ。黒髪で、背はこれくらい。名前はカオルだ」
「名前までは知らねえが……ここから南にある海の街で、それらしい女を見かけたって噂を聞いたぜ」
「南の海……本当か!?」
思わず身を乗り出した俺に、行商人は頷いた。
「俺が見たわけじゃねえが、同業の仲間が言ってたんだ。珍しい黒髪で、この辺りの人間とは少し違う雰囲気を持った女が、南の街で何かを探しているらしいってな、噂の真偽は怪しいがな」
カオルかもしれない。いや……あいつ以外に誰がいる。
あいつも無事で……俺を探しているんだ。
心臓が早鐘のように打ち始めた。
今すぐにでも南に向かって駆け出したい衝動に駆られる。
だが、視線を横に向けると、ザキをはじめとする村人たちが、収穫の喜びに満ちた笑顔で踊っている姿があった。
(俺が抜ければ、この村の土壌管理はどうなる? ザキたちは成長したが、イレギュラーな気候変動に対応できるか……?)
技術者としての責任と、カオルを求める焦りが、俺の心の中で激しくぶつかり合う。
「……行きなさいよ、カイ」
不意に、隣に座っていたレイラが静かな声で言った。
彼女は焚き火の光に照らされた横顔で、寂しそうに、けれど力強く微笑んでいた。
「レイラ……」
「この村のことは心配しないで。一年間、カイが身をもって教えてくれたじゃない。土の守り方も、水分の調整も、ザキたちならきっとやれるわ」
「だが……」
「それに……カオルさん、待ってるんでしょ?」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
彼女はいつもの「白々しくアイテムを見つけてくるお調子者の村娘」としてではなく、一人の等身大の女性として、心から俺の背中を押してくれようとしているのが分かった。
「……ありがとう、レイラ。俺は、行くよ」
俺がはっきりと決意を口にした瞬間。
『ピロリン♪』
空気を読まない通知音と共に、頭上の何もない空間から【新品の丈夫な革のリュックサック(ご丁寧に二人分)】と【南の海までのルートが記された高性能な電子マップ】が、ドサッと音を立てて落ちてきた。
「「…………」」
俺とレイラは顔を見合わせ、同時に苦笑いした。
「……で。なんでリュックが二つある上に、お前まで荷造りしてるんだ?」
俺のジト目に、レイラはえへへと誤魔化すように笑った。
「南の道は危険なのよ? 恩人であるカイを一人で行かせるわけにはいかないわ! 村長にも許可はもらったし!」
……おそらく空の上の連中が、レイラにも引き続き同行しろと指示を出したのだろう。
相変わらずデリカシーのない「上からの支援」だが、道案内がいるのは事実だ。
もはやこれは、俺たちの旅立ちを祝福する餞別だと思って割り切るしかない。
村長に事情を話し、ザキに後を託す。
レイラの笑顔が、一瞬だけ、ひびを入れたガラスのように揺れた。
気づかないまま、俺は南の空へ目を向けた。




