第7話 豊穣の兆しと、暴走する支援者たち
ルタ村の広場に最初の双葉が芽吹いてから、およそ一年が経過した。
「よし。今日の収穫分も、品質は安定しているな」
俺は朝摘みの葉物野菜を手に取り、葉の張りや色つやを一つ一つ厳しくチェックしていく。
左腕のフロから投影された空中のディスプレイには、この一年間で蓄積された区画ごとの生育データと、ロス率(廃棄)の推移がズラリと並んでいる。
酷暑も、容赦ない乾季も乗り越えた。
山全体を元の森に戻すには、まだ何十年という長い歳月が必要だろう。
だが、フロの補助と、俺の不耕起のノウハウを掛け合わせたことで、村人たちの命を繋ぐ「農地」だけは、一年という異例のスピードで完全に蘇っていた。
「すごいわ、カイ! こんなに立派な野菜が、毎日採れるなんて!」
カゴいっぱいの野菜を抱えたレイラが、信じられないものを見るように目を輝かせている。
「村のみんなが、諦めずに土を守り続けてくれたおかげだ」
俺は野菜をカゴに詰めながら、ふと息をついた。
(直近三ヶ月の廃棄ロス率は基準値を下回り、村の食料はこれで完全に安定した。……もう、いいだろう)
俺は、ずっと心の奥底に押し留めていた「カオルを探す」という目的を、いよいよ実行に移す時が来たと確信していた。
村人たちが飢えているのを見捨てることはできなかったが、俺の第一の目的は彼女を見つけ出すことだ。
「ただ、収穫量が増えてきた分、この手編みのカゴだけで貯蔵庫まで運ぶのは限界が来ているな。頑丈な
『鉄の台車』でもあれば、一度に運べて野菜を傷つけずに済むんだが……」
俺が何気なくそう呟いた、その時だった。
『ピロリン♪』
フロが微かに通知音を鳴らしたかと思うと、レイラがビクッと肩を揺らした。
彼女は虚空を少しだけ見つめ、そしてわざとらしい笑顔を作った。
「あ、あのねカイ! そ、そういえばザキが! 村の外れの廃墟の土の中から、昔の『鉄の台車』を掘り出したって言ってたわ! すっごく状態が良くて、タイヤのゴムも新品みたいに弾力があるらしいの! 偶然ね!」
「……そうか。偶然か」
俺はレイラの引きつった笑顔を見つめながら、静かに思考を巡らせた。
岩の裏のドリル。砂嵐の直後の遮光ネット。
そして今回の、タイヤが劣化していない鉄の台車。
どれも、俺が「あればいいな」と口に出した直後に、まるで俺の声を監視していたかのように、都合の良い理由をつけられて手元にやってくる。
(……なるほど。そういうことか)
一年経って、このいびつな世界のルールの輪郭が、少しずつ見えてきた気がした。
俺はカゴを持ち上げ、わざと大きな声で独り言を言った。
「いやー、台車が手に入るのは助かるな。
あとは、周辺の荒野を長期間『土壌調査』するために耐えられるような、『丈夫な革のリュックサック』みたいなものが、どこかの行商人の落とし物として落ちていれば、完璧なんだがなー」
「えっ!?」
レイラが素っ頓狂な声を上げた。
『ピロッ……ピロピロリーン! マ、マスター・カイ!? そ、それはいくらなんでも要求が具体的すぎ……ゴホンッ! いや、奇跡が起きるかもしれませんぞ!』
フロのホログラムが空中で慌てたように激しく明滅し、誤魔化すように明るい声を出す。
俺には聞こえないが、想像するだけで笑いが込み上げてくる。
おそらく今頃、レイラの頭の中やフロの通信ネットワークの向こう側では、「おいどうする!? あいつ完全に味を占めてるぞ!」「土壌調査って……まさか村から出ていく気!?」と、見えない「管理者」たちが
パニックに陥っているに違いない。
「……まあ、いい。期待しないで待っているよ」
俺は笑いを噛み殺しながら、青々と茂る野菜の畑を歩き出した。
カオルを探す旅に出る。
そのためなら、この白々しい『便利な偶然』を、限界まで利用させてもらうつもりだった。




