第6話 無慈悲な砂嵐と差し入れ
発芽をきっかけに、ルタ村の空気は劇的に変わった。
「カイ! こっちの土のベッド、ヤギの糞と枯れ草の割合はこれでいいか!?」
「ああ、完璧だザキ! 少し水を多めに撒いておいてくれ!」
広場には、大声で笑い合いながら土を運ぶ村人たちの姿があった。
ザキを中心とした若い男たちが力仕事を引き受け、女や子供たちが材料を集める。俺は全体を指揮し、発酵の状態をチェックして回った。
最初は俺とレイラだけの孤独な作業だったが、今では村全体が一つの「チーム」として機能している。
(この熱気……悪くない)
みんなで泥まみれになりながら大地を耕すこの感覚。
ザマ村の記憶が重なり、俺は自然と笑みをこぼしていた。
だが、大自然は、そう簡単に人間の思い通りにはならない。
その日の午後。空が急激に暗くなったかと思うと、山を越えて強烈な熱風が吹き下ろしてきた。
「砂嵐だ!! みんな、家の中に入れ!!」
ザキの叫び声に、村人たちが蜘蛛の子を散らすように避難する。
「カイ! あなたも早く!」
レイラに腕を引かれ、俺も石造りの小屋に飛び込んだ。
窓の隙間から外を見る。
凄まじい風圧で赤土が巻き上げられ、視界が完全に茶色に染まっていた。
「……俺たちの、ベッドが」
数時間吹き荒れた嵐が去った後、広場に出て愕然とした。
苦労して重ねた土のベッドは強風で吹き飛ばされ、せっかく芽を出したばかりの若葉たちも、無残に折れ曲がって砂に埋もれていた。
「そんな……」
ザキが膝から崩れ落ちる。
他の村人たちも、言葉を失って立ち尽くしていた。
俺は言葉が出なかった。
頭では分かっている。
緑化において、自然災害による後戻りは日常茶飯事だ。
何度やり直せばいい。
だが、疲労の蓄積と、自分の名前すら誰かに意図的に奪われたような不気味な状況、そして「カオルがここにいない」という喪失感が、一気に重くのしかかってきた。
(俺は……こんな果てしないことを、いつまで続ければいいんだ……?)
ふらりと視界が揺れ、俺は土の上に座り込んでしまった。
「カイ……」
レイラが隣にしゃがみ込み、水筒を差し出した。
「飲んで。大丈夫、カイが教えてくれた土の作り方は、みんな覚えているわ。何度だってやり直せる」
その瞳は、ただの「村娘」のものではなく、心から俺の心を案じてくれているような温かさがあった。
『ピーロリンッ♪ マスター・カイ! 落ち込むのはまだ早いですぞ!』
沈んだ空気を切り裂くように、フロの能天気な声が響き渡った。
「……フロ。今は少し黙っててくれ」
『おっと、そうは言っていられません! なぜなら……あんなところに、誰かの【豪華な落とし物】があるからです!』
「豪華な……?」
フロがホログラムの矢印で示したのは、村長の家の裏手だった。
「……レイラ。またか?」
「えっ!? あ、ああーっ! ホ、ホントだ! あんなところに偶然、すっごく大きくて黒い布のロールが落ちてるーっ!」
レイラが棒読みの叫び声を上げながら駆け出し、自分の身体よりも大きな黒いロールを抱えて戻ってきた。
「カイ、見て! これ、農業用の『遮光ネット(寒冷紗)』じゃないかしら!?」
「……レイラ。なんで、そんなことを知ってるんだ」
「ギクッ! ぎょ、行商人が言ってたのよ! 偶然ね!」
レイラが冷や汗をダラダラ流しながら目を泳がせる。
(……怪しい。あまりにも不自然だ)
慢性的に水と物資が不足しているこの貧しい村に、不釣り合いな最新のAI。
そして俺が「欲しい」と思ったタイミングで、なぜか岩の裏に「落ちている」新品の専門用具。
それに、このレイラの慌てよう。
普通なら、裏に何か巨大な陰謀があるんじゃないかと疑って、立ち止まる場面だろう。
だが。
(ま、いっか)
俺は、昔から細かいことを気にする性分ではない。
カオルを見つけ出すまでの間、目の前の死んだ土を蘇らせる。
今はそのための道具さえ手に入るなら、誰のどんな思惑が絡んでいようと、理由なんてどうでもよかった。
現場では「使えるものは何でも使う」のが鉄則だ。
俺は立ち上がり、パンパンと膝の土を払った。
「……上等だ。これだけ頑丈な遮光ネットがあれば、強風も防げるし、直射日光も和らげることができる。最強の防護壁だ」
「えっ? あ、あはは、そうね! 偶然拾えてラッキーだったわね!」
俺が深く追求しなかったことに、レイラが心底ホッとしたように胸をなでおろす。
「ザキ! 落ち込んでる暇はないぞ。村中の長い木の枝を集めてこい! このネットを張って、二度と砂嵐に負けない強固なハウスを作る!」
「お、おう!!」
不思議な黒い網の登場と俺の檄に、ザキたちの目に再び火が灯る。
『やりましたねマスター! これもマスターの不屈の闘志が引き寄せた奇跡です!』
フロが空中で白々しく得意げに回る。
奇妙な違和感には蓋をして、俺は再び大地の再生へと没頭していく。
***
どこか遠く離れた、無機質な空間。
空中に浮かぶ無数のホログラムモニターを眺めながら、その女は優雅にコーヒーのグラスを傾けていた。
「対象A、モチベーションの低下を検知しましたが……『支援物資』の投下により無事に復帰。数値も再上昇中です」
暗闇に響く無機質な報告の声に、女は『完璧すぎる笑顔』で深く頷いた。
「素晴らしい成果ね。さあ、引き続き観察を続けましょう」




