第42話 運命の選択と約束
「これで、すべてが終わったわけじゃないわ」
静寂が戻った中央空中庭園。
ドレスの裾を死んだ土で汚したまま、イザベルはゆっくりと立ち上がった。
カオルのハッキングによってGECOのメインシステムは今、見世物用のプログラムを完全に消去され、現地民のための「インフラ支援モード」へと再起動を繰り返している。
イザベルは自身の端末を操作し、俺たちの左腕に嵌められた黒いデバイスへ、ひとつのプログラムを直接転送してきた。
手首に、今まで感じたことのない異様な熱と振動が走る。
画面に表示されたのは、地球とこの星を物理的に繋ぐ次元往来ゲートの回収シークエンスだった。
「認めざるを得ないわね、私たちの傲慢が、どれほど現場の人々を苦しめてきたかを。……約束する。これ以上、地球からあなたたちのような被害者を拉致することは絶対にしない。この悪趣味なエンタメ配信も、今この瞬間をもって完全に終了させる」
イザベルの言葉に、マークが、レイラとセリアがハッと息を呑んだ。
画面の向こうの民衆たちが、番組の「本当の最終回」を察して、全天周モニターのチャット欄に嵐のような速度で文字を叩き込み始める。
「その代わり――あなたたちを地球へ強制帰還させるプログラムを起動したわ」
イザベルは、無表情のまま俺の左腕を指差した。
「もし、帰還するなら、今すぐそのデバイスに表示されている【帰還プログラムボタン】をタップしなさい。もし残るなら、二度と地球の土は踏めなくなる。……当然だけど、現地の人間であるレイラたちは、地球へ連れていくことはできないわ」
地球へ戻るか。それとも、すべてを捨ててこの星に残るか。
ドームに、重く冷たい静寂が降りる。
ギュッ、と。
俺の泥まみれのジャケットの袖が、強く引っ張られた。
見下ろすと、レイラが両手で俺の袖を握りしめていた。
琥珀色の瞳が見開かれ、指先は白く鬱血するほど力が込められているが、彼女は一言も発さない。
「行かないで」という言葉すら、必死に飲み込んでいる。
隣のセリアも同じだった。
彼女は手袋を外した、荒れた両手を胸の前で固く握り締め、血が滲むほど下唇を噛み合わせながら、ただ俺の顔をじっと見つめていた。
もし俺たちが戻れば、彼女たちとは二度と会えない。
だが、この星に残れば、待っているのは最先端の援助もない、自分の頭と体だけが頼りの、泥にまみれた果てしない開拓の日々だ。
『おいおいおい、ここで究極の選択かよ!?』
『緑化バカ、戻ってくれ! でも行かないでくれ!!』
『カオルちゃん、どうするの……!?』
「時間は、あと30秒よ。元の世界に戻るか、それとも自分の意志でこの星に残るか。……選びなさい」
イザベルが静かに右手を差し出す。
左腕のデバイスが、残り時間を刻むように皮膚の上で脈打っている。
二十秒。十秒。
誰も口を開かない。時間が凍りついたような空間で――。
ザリッ。
最初に動いたのは、カオルだった。
彼女は無言のまま一歩だけ歩み寄り、俺の隣に並び立った。
ただそれだけの動作。言葉にするよりも先に、その静かな足取りが「私はあなたと一緒でいい」という答えを示していた。
マークが、やれやれと短く息を吐いて頭を掻く。
「……チッ。仕方ねえな。どいつもこいつも、ど阿呆ばっかりだ」
俺は、袖を握りしめるレイラの手と、セリアの震える肩を見つめた。
そして、ゆっくりと端末のある左手を上げる。
全天周モニターのチャット欄が、全キャストの運命を賭けた熱量で爆発寸前に達する中。
俺の右手は、大理石の床に突き刺さったままの、スコップの柄を力強く握りしめた。
何年もの間、俺と共にこの星の土を掘り返し続けてきた、泥で汚れた掌。
それだけだった。
俺たちがどちらの未来を選んだのか、その答えが明確な形になるよりも早く。
プツン。
脳内のフロの通知音が、壁面のチャット欄が、世界を繋いでいたすべての電波が、何の前触れもないまま完全に遮断された。
暗転。
GECOの全世界生配信は、永遠にその幕を閉じた。




