第40話 仕組まれたフィナーレ
イザベルの白く滑らかな指先が、手元の端末を軽くタップする。
その瞬間、暗かったドームの360度全天周モニターが、暴力的なまでの眩い光を放って一斉に起動した。
そこに映し出されたのは、カオルが今まで手元のPCで見ていた「裏掲示板のログ」や「検問所の突破ルート」。
それが、GECOの公式番組ロゴと豪華な金色のテロップで綺麗に装飾され、リアルタイムの特別番組として大映しにされていた。
「な……に、これ……」
カオルの指先から力が抜け、ノートPCが乾いた音を立てて足元に落ちた。
「視聴者が反逆者を支援し、壊れかけたトラックを本部まで導く――これ以上のシーズンフィナーレがあるかしら?」
イザベルはフッとため息をつき、扇子を閉じた。
「今、GECOのアクセス数も株価も、我が社の歴史上最高値を記録しているわ。あなたたちの必死の抵抗も、裏コミュニティの秘密の共犯関係も……私はすべて最初から把握した上で、極上のコンテンツとして世界中に生配信していたのよ」
すべては、イザベルの手のひらの上だった。
どれだけ抗おうとも、どれだけ知恵を絞ろうとも、この「世界規模のエンタメ」という檻からは一歩も外に出ていなかったのだ。
レイラは、頭上を見上げたまま、全身の血の気が引いていくのを感じていた。
巨大なモニターの片隅。そこには、砂漠で、彼女が中央を裏切る決意をして流したあの涙が、超高画質でリプレイ再生されていた。
映像の横には、狂喜する視聴者たちからのテロップが踊っている。
『エージェントの寝返りキター!』
『あの冷血女が泣いてる! 最高のシナリオだ!(課金:500000G)』
「あ……ぁ……」
レイラの喉から、空気が漏れるような音が鳴った。
カイの生き様に打たれ、職務を捨ててまで選んだ、自分の最も純粋な感情。
それすらも、安全な場所にいる富裕層たちの課金イベントとして綺麗に消費されていた。
隣でセリアが、自分の腕を抱きしめるようにしてガクガクと震え始めている。
自分たちの魂の形すら商品だったという、底なしの凌辱。
熱狂していた全天周モニターの公式チャット欄も、運営のこの一枚上手の演出――「自分たち視聴者すらも踊らされていた」という事実に気づき、滝のようなスクロールが嘘のように減速していく。
『うわ……全部仕組まれてたのかよ……』
『俺たちのナビゲートすら、台本通り……?』
『誰も運営には勝てない。この星はもう、滅びを待つだけの絶望の箱庭なんだ』
絶望の世論が世界を包み込み、画面上の文字の更新が完全に止まった。
数十万人、数百万人が見ているはずの空間が、水を打ったように静まり返る。
その完全な沈黙の中、イザベルは枯れ果てて干からびた庭園の死んだ砂を、ピンヒールで無慈悲に踏みつけた。
ジャリッ、という音が、異様に大きく響く。
「さあ、お膳立ては完璧よ、地球の優秀な技術者さん。科学を尽くしても手遅れだったこの死んだ空中庭園で、最後に向こうの民衆にどんな無駄なあがきを見せてくれるの? どうせ何をやっても、この星の滅びのシナリオは変わらないのに」
武力ではない。「何をしても無駄だ」という、システムとメディアによる圧倒的な絶望。
マークが俯き、カオルが唇を噛み、レイラとセリアが膝から崩れ落ちそうになった、その時。
ガツンッ――!!!!
ドームの静寂を、冷たく重い鉄の音が鋭く切り裂いた。
俺が、泥まみれのスコップを、大理石の床に力強く突き立てた音だった。
俺はイザベルの完璧な笑顔を見据え、ただ静かに言い放つ。
「エンタメだろうが、世界中が見ていようが、そんなことは関係ない」
俺の腹の底から響く声が、冷え切ったドームの空気を、環境の絶望に凍りついた画面の向こう側を、確かに震わせた。




