第39話 張り巡らされた網、踊らされる世界
ガルルルル……ッ!
限界を超えて酷使されるディーゼルエンジンが、悲鳴のような駆動音と焼け焦げた油の匂いを撒き散らしながら、夜の裏道を激走していた。
運転席の隣で、カオルが激しい揺れに耐えながらノートPCの画面に食らいついている。
画面の向こうの裏コミュニティからは、凄まじい速度で視聴者たちからのリアルタイム情報が叩き込まれていた。
『第2ゲート、予定外の生体スキャン起動! 止まったらアウトだ!』
「マーク、そのまま踏み抜いて! 私が3秒だけスキャナーの処理を落とす!」
「おうよ! 舌噛むなよ、お嬢ちゃん!」
カオルが揺れる車内でキーボードを乱打し、同時にマークが乱暴にシフトレバーを叩き込む。
重い車体が、強引に第2ゲートのセンサー網を突破した。
『よし! スキャン回避成功!』
『次は第3検問所だ! 偽装パスの同期まであと5秒、4、3……』
「カオル、右か左か!?」
「右の分岐! 3秒後に監視カメラが首を振るから、その死角を一気に駆け抜けて!」
硬化しかけた古いタイヤが悲鳴を上げてアスファルトを削る中、マークは乱暴にクラッチを蹴り込み、ボロトラックは警備ドローンの巡回ルートをギリギリですり抜け、ジャンナの地下物流ゲートへと滑り込んだ。
『第3検問所の自動認証、偽装パスで突破!』
『行け緑化バカ! 運営の鼻を明かしてやれ!』
『カオルちゃんナビ完璧すぎwww』
自分たちも作戦に参加しているという圧倒的な熱狂で、裏コミュニティは過去最大のバズを起こしていた。
何万人もの「共犯者」による完璧なナビゲート。
トラックは地下の広大な搬入用スロープを強引に駆け上がり、一度のアラートも鳴らすことなく、ついにジャンナの最上層に位置する巨大なドーム状の区画――中央空中庭園へと到達した。
「やったわ……! セキュリティを完全にダマし切って、本部の心臓部までノーアラートで来られた!」
カオルがノートPCを閉じ、震える息を吐き出してトラックから飛び降りる。
俺もスコップを掴み、荷台から降り立った。
だが――足裏に伝わった感触に、俺は無意識に立ち止まり、眉をひそめた。カオルも、遅れて降りてきたレイラとセリアも、目の前に広がる光景に言葉を失い、完全に硬直している。
ここは、最先端の科学が集結した都市の「空中庭園」のはずだった。
しかし、俺の靴の裏で崩れたのは、完全にひび割れ、養分を失い尽くした灰色の「死んだ土」だ。
精緻な彫刻が施された大理石の噴水には水が一滴もなく、底には分厚い砂埃が積もっている。
見事なアーチ状の棚に巻き付いているのは、とうの昔に枯れ果てて干からびたツルの残骸。
砕けた美しい装飾タイルの隙間からは、生命の気配が完全に消え失せている。
豊かであろうとして、死に絶えた場所。
それが、この星を支配する都市ジャンナの心臓部の真の姿だった。
パチ、パチ、パチ……。
死んだ庭園の乾いた空気に、場違いなほど静かな拍手の音が響き渡った。
「お見事。視聴者の裏ネットワークを利用して、中央のセキュリティをすり抜けてみせるなんて。完璧な隠密行動だったわね」
アーチの奥から、優雅に扇子を揺らしながら歩み寄ってくる一人の女性がいた。
仕立ての良い最高級のドレスを纏い、完璧に設計されたような美しい微笑みを貼り付けた女。
そこには警備の軍勢など、影も形もない。
彼女がゆっくりと扇子を閉じ、再び両手を打ち合わせた。
俺の視線は、その「手」に釘付けになった。
俺たちが僻地で何年も酷使し、泥とマメと消えない黒ずみに覆われた手とは対極にある、不自然なほどに白く、柔らかく、一度たりとも土に触れたことのない無機質な手。
「誰だ、お前は」
俺は泥まみれのスコップの柄を、強く握り直した。
ピピッ、と、俺の背後でカオルのノートPCが短い警告音を鳴らした。
画面を凝視したカオルの喉が、ひゅっと引きつる。
「カイ……気をつけて。その女、GECOの最高責任者のイザベルよ!」
カオルの悲鳴のような声。
俺たちから名前を奪い、人生をエンタメとして消費してきた諸悪の根源。
そのラスボスが、今、死んだ土の真ん中でたった一人、俺たちの前に立っている。
イザベルは、カオルの怯えを上質なワインのように愉しむと、ふっと艶やかに微笑んだ。
「ようこそ、我がジャンナの心臓部へ。地球の優秀な技術者さん。……でも、本当にそれが運営に隠れてできた反逆だと、本気で思っていたの?」
その真っ白な手が優雅に振られた瞬間、カオルの顔から、一気に血の気が引いた。




