第38話 裏コミュニティの共犯者たち
砂漠のオアシスを発ってから、不眠不休の強行軍の末、数日後――。
砂埃と、特有の錆びた鉄の匂いが立ち込めるマ・カレシュの裏通りへ、俺たちは満身創痍の状態で滑り込んだ。
目指すは、マークの隠れ家だ。
薄暗い部屋の奥で、俺たちを迎え入れたマークは、くわえていた葉巻を灰皿にポロリと落とした。
彼の視線は、砂まみれの民族衣装を着たままのレイラとセリアを見て大きく見開かれ、そして――俺の隣に立つ、見慣れない黒髪の女、カオルでピタリと止まった。
「おい、カイ……。一体どういう冗談だ。ルタ村の用心棒に、イサウィラの海の女……それに、その黒髪の女は一体誰だ?」
「最高の共犯者たちよ」
カオルがマークの狼狽を遮り、機材の山から引きずり出したノートPCをドンと机に置いた。
「それよりマーク、中央の本部へ乗り込むルートを出して」
「中央へ乗り込む、だと……!? 正気か! あそこへ続く正規ルートは途中何箇所も検問があるぞ。俺達が近づいたらすぐにバレる」
「手段なら、あるわ」
カオルがエンターキーを強く叩くと、画面に無数の暗号化された文字の滝が流れ落ちた。
俺のデバイスのバックドアをこじ開け、公式配信チャットのさらに裏側――運営への不満が溜まったヘビー視聴者たちが集う地下掲示板へと、回線を繋いだのだ。
そこには、単なる応援の言葉などではない、正確な情報が凄まじい速度でスクロールしていた。
『第4セクター南ゲート、自律警備ドローンの巡回ログ更新。2時14分から11秒間だけ、カメラの死角が発生する』
『検問所の一般パス偽装IDコード生成完了。3分以内に手元のパッチを当てろ』
『中央外縁部の土壌データ送る。東側は液状化の兆候あり、重量車は避けろ』
その正確で具体的なナビゲート情報に、レイラとセリアが息を呑んだ。
「ちょっと待って……この精度、内部の人間が混ざってないとあり得ない情報よ」セリアが画面を見て、眉をひそめた。
「世界中の人間が、GECOの悪趣味なエンタメに飽き飽きしてるのよ。画面の向こうにいる何万人もの視聴者が、今、自分の持てる技術と知識を総動員して、私たちの目になってくれてるわ」
視聴者の反逆心を、情報通信技術で味方に付ける。
これこそが、カオルの戦い方だ。
「信じられん。だが、移動手段はどうする? 検問を騙せても、砂漠の悪路を越える足がなきゃ中央へは着かんぞ」
マークの問いに、俺は静かに笑った。
「マーク、お前が農産物を運ぶために使っている、あのトラックを出してくれ」
「トラックだと? おい、あれじゃ中央まで行くのは大変だぞ」
マークが顔をしかめて警告する。
「構わない」
俺が即答すると、マークはしばらく俺の目を見つめ、やがて深くため息をついた。
「……チッ、なら、車庫へ来い」
マークが部屋の奥にある重い鉄扉を押し開け、俺たちを案内した。
格納庫のシャッターを跳ね上げると、むせ返るような古い機械油の匂いが鼻を突いた。
そこにたたずんでいたのは、塗装が剥げ落ちて赤茶けた錆に覆われ、自重だけでサスペンションがギシギシと悲鳴を上げている、古い大型トラックだった。
「こんなボロ車……中央まで辿り着けるかしら……」
現地の悪路を知るセリアが、不安げに声を漏らす。
俺はトラックに近づき、硬化しかけた分厚いタイヤのゴムを素手で押し込んで感触を確かめた。
「大丈夫だ。ここにあるものを組み合わせれば、何とかなる」
俺は資材袋から使い古したレンチを引き抜き、オアシスから持ち帰ったヤシの繊維や、倉庫の隅に積まれた古い油脂の缶に目をやった。
タイヤの空気圧を調整し、燃料を少し工夫してやれば、この古いエンジンでも十分に長距離を走り切れる。
レイラとセリアが、俺の言葉に「……なんとかなりそうね」と顔を見合わせ、即座に格納庫の工具を手に取った。
「行くぞ。世界中の視線を味方につけて、中央へ乗り込む!」




