幕間(第5章エピローグ) 星のまたたき、監視の網
「……で? 結局、あの発育のいい村娘ちゃん(レイラ)と、ツンケンした海の女は、本当にただのビジネスパートナーなわけね?」
「何度も言わせるな。俺がこの世界で生き延びて、お前を探すための情報網を得るには、現地の信頼を勝ち取るしか選択肢がなかったんだ。そのためには、プロとして土を耕す以外の方法は知らなかった」
俺が苦笑交じりにスコップを地面に刺すと、カオルはフッと柔らかく笑った。
「知ってるわよ。あんたが昔から、泥にまみれてる時が一番まともな顔になるってことくらい。……ありがとう、カイ。本当に、私を見つけてくれて」
「それは俺のセリフだ。お前が呼んでくれたから、俺は自分の名前を取り戻せた」
ひとしきり、元の世界の思い出や、この異世界に飛ばされてからの苦労話を語り合う。
それは一見、どこにでもある幼馴染の、感動的な答え合わせの時間に見えたはずだ。
だが、カオルは不意に俺の手首を掴むと、周囲の資材置き場から、水耕栽培用の特殊な遮光ネットと高分子ポリマーの溶液を引っ張り出してきた。
「ちょっとカイ、これであんたのデバイスを包んで。私のやつも」
「カオル……? 何をするつもりだ」
「いいから、あいつらを一瞬、目隠しするのよ。これでも私、地球じゃ情報通信システムの専門家だったんだから。この手のデバイスの、外部通信アルゴリズムのバグを突くくらい、朝飯前よ」
カオルの真剣な目に押され、俺たちは互いの左腕にある黒いデバイスに遮光ネットを幾重にも巻き付け、隙間にポリマー溶液を流し込んだ。
高分子の電気信号遮断特性を利用した、完璧な物理ジャミングだ。
『マスター・カ、イ……通信状態ガ……異常……スリープモー、ド、へ……』
脳内でフロの電子音が途切れ、左腕的端末の光がぷつんと消えた。
手首から物理的に外すことはできないが、これで一時的に、位置情報と生配信の電波は完全に遮断された。
俺は表情から一切の温度を消し、声のトーンを周囲の夜風に溶けるほど低く落とした。
「……完全にスリープしたな。さすがだな、カオル。……それで、一体何に気づいたんだ」
カオルもまた、さっきまでの茶目っ気のある表情を完全に消し、冷徹なプロの目になっていた。
「この世界(箱庭)の裏側の仕組みよ。……カイ、あんたが志願して応募した相手は、国際環境NGOの『GECO(地球環境保全機構)』だったわよね。地球の砂漠化を食い止めるための、最先端の非営利組織」
「ああ。国家予算レベルの資金を持つ、環境保護の最高権威だ。そこからアフリカにある小さな村に派遣されたはずだった。……なのに、なぜただの民間人のお前まで、ここに巻き込まれている?」
「あの時、あんたの村に遊びに行っていた私が、反転した重力に一緒に巻き込まれた……奴らにとっては、それすら都合のいいハプニングだったのよ。私は別のエリアで、都市再構築サバイバルっていう別番組のメインターゲットとして放り込まれていたんだから」
「別番組……だと?」
「ええ。奴らの目の前で、私が自分の知識でシステムインフラをクラッキングして生き延びる姿を、エンタメとして配信してたのよ。でもね、奴らは甘かったわ。前のステージ(廃墟都市)の通信インフラを物色している時に、GECOの中継端末を見つけたの。そこから奴らの防壁をブチ抜いて、深層サーバーの機密データを丸ごと私のデバイスに引っこ抜いてから、この砂漠エリアへ脱出して一気に逃げ切ってやったわ」
「別番組のインフラから、GECOの本体サーバーへ直接侵入したっていうのか……。相変わらずとんでもない奴だな、お前は」
カオルは冷ややかに微笑み、自身の動かないデバイスを睨みつけた。
「地球での表の顔は、クリーンな環境NGO『Global Environmental Conservation Organization』。だけど、ネットワークの最奥に隠されていた、奴らの本当の名前は――『Global Entertainment Conglomerate Organisation(世界娯楽複合企業体)』よ」
俺は息を呑んだ。環境(Environment)ではなく、エンターテインメントの複合企業(Entertainment Conglomerate)。
「奴らは、地球での表の顔である環境NGOの英語名と、裏の真の名前……そのどちらの頭文字を並べても、まったく同じ『GECO』という略称になるように、最初から仕組んでいたのよ。環境保護という美名のパッケージの裏に、人間を拉致して見世物にする『巨大エンタメ企業』の正体を巧妙に隠し、視聴者から莫大な課金を巻き上げて楽しんでいる。あいつら、環境保護なんてこれっぽっちも興味ないわ。この世界は、奴らがどこからか見つけてきた広大な実験場で、地球の技術者を拉致してサバイバルさせ、星一つを丸ごと開拓していく過程を、エリートたちの『最高級のライブショー』として売り払っているのよ。視聴者のチャット欄の裏ログも、全部解析して読ませてもらったわ」
「なるほどな……。俺がどれだけ必死に土を耕しても、それがすべてあいつらの娯楽のコンテンツにされていたわけか。カオル、お前がその能力で裏を暴いてくれなければ、俺は一生気づかなかった」
「お互い様よ。あんたが砂漠をテラフォーミングしてくれたおかげで、こうして合流できたんだから。……でも、気づかないフりをして泳がせるのはここまでよ、カイ」
俺は地面の土を強く握りしめた。
「ああ。あいつらの想定する砂漠編の大団円はここで終わりだ。
これ以上、GECOの掌の上で、奴らの娯楽のために野菜を育てるつもりはない。
奴らの一番の資金源であるこの『テラフォーミングの成果』そのものを人質に取ってやる」
「ふふ、いい目ねカイ。あいつらの隠れ家は、この世界の中心――GECOの管理本部がある『中央』よ。視聴者の望むシナリオなんてクソ食らえ。ここからは、私たちが番組をジャックして、運営の喉元をスコップで抉りに行く番ね」
お互いの目的は一致した。
俺たちは遮光ネットを剥ぎ取り、何事もなかったかのようにデバイスの電源を戻すと、宴の灯りが揺れるテントへと歩き出した。




