第33話 箱庭に響く声、そしてプロの次なる一歩
「――と、いうわけなんだ。本当に、彼女たちとはこのオアシスを救うためのビジネスパートナーで……」
「ふーん、ビジネスパートナー、ねえ」
テントの裏。
カオルは腕を組んだまま、じとっとした目で俺を睨みつけている。
その横では、レイラとセリアが、どこか緊張した面持ちで並んでいた。
「はじめまして、カオルさん。私はルタ村のレイラです。カイには、私たちの村を救ってもらいました。カイがいつも、あなたのことを大切そうに話していたのを聞いていました。……会えて、嬉しいです」
レイラが、一歩前に出て真っ直ぐな瞳で頭を下げた。
その言葉に嘘偽りがないことを、カオルの鋭い直感が察知する。
「……セリアよ。まあ、この男が仕事の鬼なのは保証するわ。女の子の扱いなんてこれっぽっちも分かってない、ただの農業バカよ。変な心配して損したんじゃない?」
セリアがふいっと顔を背けながらも、どこかカオルを安心させるように小さく笑った。
二人の態度に、カオルは小さく息を吐き、張り詰めていた肩の力を抜いた。
「……そう。カイが迷惑かけたみたいで、ごめんなさいね。――でも、本当にありがとう。このバカを支えてくれて」
カオルはそう言って、今度は現地の二人に向かって、心からの感謝を込めて微笑んだ。
女たちの間に流れていたピリついた空気が、オアシスの心地よい夜風に溶けていく。カイが必死に繋いできた緑の絆が、ついにカオルをも包み込んだ瞬間だった。
その夜、オアシスではカオルの歓迎と、この砂漠エリアの定着化成功を祝う、ささやかな宴が開かれた。
結露水でみずみずしく育ったスイカや、村人たちが持ち寄った貴重な食材が並ぶ。
「美味しい……! 本当に、あの最悪な砂漠の真ん中にある場所とは思えない」
カオルは料理を口に運ぶたび、感極まったように目を細めた。
「だろ? 土の塩分を抜いて、保水性を高めれば、砂漠だってここまで豊かな恵みを返してくれるんだ」
誇らしげに語るカイの姿は、東京で死んだ目をしていた頃のそれとは完全に別人の、輝きに満ちたプロの顔だった。
その様子を、レイラとセリアは少し離れた場所から静かに見守っていた。
彼女たちの耳の裏では、今も『外側』の通信が、静かに、しかし激しく明滅している。
『――最高だ……! 最高の最終回じゃないか!』
『――第1シーズンから追いかけてきて本当に良かった! スパチャ1000万クレジット投入だ! この開拓者に栄光あれ!』
画面の向こうの富裕層たちは、この大団円に狂喜乱舞し、お祭り騒ぎになっていた。
だが、そんな外側の喧騒をよそに、フロの電子音は、カイの脳内に至極淡々と響く。
『――ピピッ。マスター・カイ。砂漠エリアの緑化率が規定値に達しました。プロジェクト・フェーズ5、完了です。……おめでとうございます』
当然のリザルトだ。
設計図通りにインフラを敷き、緻密な計算の通りに水を回した。
失敗する要素など最初からどこにもない。
いつの間にか俺にとって、世界の課した「ステージクリア」など、ただの予定調和に過ぎなくなっていた。
だが、俺たちのサバイバルは、ここでは終わらない。
俺はカオルの手首を見た。そこには、俺のものと酷似した、しかし少し小ぶりの黒いデバイスが鈍く光っている。
カオルもまた、この世界の理不尽なシステムに組み込まれ、外側のエリートたちに消費されてきたのだ。
「カオル。お前をこんな目に遭わせた元凶が、この世界のどこかにいる」
俺が静かに言うと、カオルは表情を引き締め、力強く頷いた。
「ええ。私をここに転送して、サバイバルを強要した奴らがいるわ。中央……そこに、全てのシステムを統括して糸を引いている組織の本拠地があるはずよ」
俺は立ち上がり、夜の砂漠の向こう、世界の中心とされる方角を睨みつけた。
ただ目の前の環境を生き延びるためのサバイバルは、もう終わりだ。
これからは、カオルを、そして俺たちを弄んだ背後の組織の喉元に、磨き上げてきたプロの技術を直接叩きつけに行く。
「レイラ、セリア。俺は中央へ行く。この世界のルールを、インフラごと根底からひっくり返しにな」
監視された箱庭の空の下。
一人の環境コンサルタントと、その相棒たちの、世界そのものをテラフォーミングするための新たな戦いが幕を開けようとしていた。




