第3話 耕さない大地
村の端にある粗末な小屋には、強烈な臭いと熱気がこもっていた。
「これが集めておいたヤギの糞よ。……本当に土に混ぜるの? 神聖な燃料を汚したって、長老たちに見つかったらひどく怒られるわ」
レイラが鼻をつまみ、周囲の目を気にしながら部屋の隅に積まれた山を指さした。
「ああ、宝の山だ」
俺は糞を一つ手に取り、指先で崩してみた。
乾燥してはいるが、内部にはまだ僅かに有機物が残っている。
「フロ、この成分と、発酵のポテンシャルをスキャンしろ」
俺が小声で指示を出すと、左手首の時計から再び銀色のホログラムが浮かび上がった。
『イエッサー! ピロリン♪ 解析完了! 水分量は極めて低いですが、窒素・リン酸・カリウムのバランスは良好。適切な水分と温度を与えれば、有用微生物の爆発的な培養が可能です!』
「よし。上出来だ」
俺たちは麻袋に糞を詰め、村の広場の外れにある空き地へと運んだ。
容赦ない日差しが照りつけ、乾いた風が土埃を舞い上げている。
「それじゃあ、まずは土を深く掘り返すわね。この村では昔から、悪い土は日光に晒して『浄化』する決まりなの。村長からクワを借りてきたわ」
レイラが自分の背丈ほどある古びたクワを振り上げようとした瞬間、俺は慌ててその手を止めた。
「待て、掘らなくていい。その『浄化』ってやつが、この土地を殺した最大の原因だ。この土地は絶対に『耕さない』」
「えっ? 耕さないで、どうやって植物を育てるのよ?」
レイラが目を丸くする。
「今のこの土地は、土をまとめる力が完全に失われている。無理にクワを入れて掘り返せば、風で土が吹き飛び、強烈な紫外線で残りわずかな微生物すらも死滅してしまうんだ」
俺はクワを受け取り、地面にそっと置いた。
(地球の環境保全でも実証されている。理にかなった手法だ)
「土を掘るんじゃない。この硬い地面の上に、直接『層』を重ねていくんだ」
俺は麻袋を開け、乾いた土の上にヤギの糞を薄く敷き詰めた。
「レイラ、枯れ草や藁のくずはあるか? ゴミでもなんでもいい」
「ヤギの餌の残りカスなら少しあるわ」
「それを持ってきてくれ。糞の上に被せるんだ」
糞の層の上に、枯れ草を重ねる。
それはまるで、死んだ大地の上にミルフィーユのような毛布を被せていく作業だった。
「こうやって有機物で蓋をすることで、直射日光を防ぎ、水分の蒸発を抑える。環境さえ整えてやれば、土の中の微生物たちが俺たちの代わりに土を耕し、豊かにしてくれるんだ」
レイラは不思議そうに、俺が作った小さな『ベッド』を見つめている。
「土の中の……見えない小さな生物たちが、手伝ってくれるの?」
「ああ。俺たち技術者の仕事は、彼らが働きやすい環境を整えることだけだ」
『お見事です、マスター・カイ! 極度の環境劣化エリアにおける、最適解です!』
フロが空中で嬉しそうにクルクルと回った。
「あとは、ここに水を与えて発酵を促すだけだ。レイラ、水は……」
振り返ると、レイラが申し訳なさそうに視線を落としていた。
「ごめんなさい。この村の井戸は、もうほとんど水が出ないの。朝一番に並んで、なんとか壺半分くらい。人が飲む分で精一杯で、とても土に撒くような余裕は……」
(水が、ない)
緑化における絶対的な生命線。
いくら完璧な菌床を作っても、一滴の水分がなければ微生物は目覚めない。
俺は乾ききった空を見上げた。
雲一つない、真っ赤な空。
雨が降る気配は微塵もなかった。
「……いや、諦めるのは早い」
俺は左手首に視線を落とした。
「フロ。『地形のスキャン』ができると言っていたな?」
『はい! 半径5キロ圏内の地質と、地下水脈の探知が可能です!』
「よし。水がないなら、見つけ出すまでだ」
「フロ。地形スキャン、頼む」
『イエッサー――』
ホログラムが広がった瞬間、俺は思わず息を呑んだ。




