第2話 死んだ土とフレンドリーな監視者
外に出ると、乾燥した熱風が容赦なく顔を打った。
「これが、私の住む村よ。何もないでしょう?」
前を歩くレイラが、自嘲気味に振り返った。
強い日差しに目を細める彼女の肌は土埃にまみれているが、その瞳には過酷な環境に屈しない、強い光が宿っていた。
村を見渡す。
石と乾いた土で造られた粗末な家屋が、赤茶けた荒野にへばりつくように点在している。
すれ違う村人たちは皆、酷く痩せこけており、生気がなかった。
(ひどい有様だ……)
一年かけて緑を取り戻したザマ村の初期状態すら、まだマシに思える。
「レイラ、少し土を見てもいいか?」
「ええ。私はそこの井戸で水汲みの順番を待ってくるわ。カイはあまり無理しないでね」
レイラが気遣うように微笑み、広場の方へ小走りで向かっていく。
彼女の背中が見えなくなったのを確認し、俺は左手首を睨みつけた。
俺が愛用していた実用性だけのチープな腕時計は、いつの間にか「黒くて分厚い装甲のようなデバイス」に変異している。
「おい。レイラには見えていないようだが……お前は一体何なんだ? どうして俺の時計がこんな風になった?」
小声で問いかけると、レンズ部分から光が放たれ、空中に直径30センチほどの銀色の球体が浮かび上がった。
『お答えしましょう!』
フロが、人間のようでいて抑揚の不自然な、能天気な声で喋り出す。
『私はフロ! Friendly Universal Learning Operations(フレンドリーな万能学習システム)の略称です! マスター・カイの緑化作業を全力でサポートする、超高性能AIデバイスであります!』
「……フレンドリー?」
先ほどの、都合の悪い言葉を【通信ノイズ】で強制切断した気味の悪さを思い出す。
「サポートって、具体的に何ができるんだ?」
『はい! マスターのバイタル管理から、地形の3Dスキャン、気象予測、そして土壌成分の精密解析まで、お望みのままに!』
「土壌の解析……」
俺は環境コンサルタントとしての本能に従い、足元の赤茶けた土を一つかみ掬い上げた。
指の隙間から、パサパサと細かい砂がこぼれ落ちていく。
水分を含んだ「土の匂い」が全くしない。
「なら、今すぐこの土を解析しろ」
『イエッサー! スキャン開始……ピロリン♪ 解析完了です!』
フロのホログラムの横に、半透明のディスプレイが浮かび上がり、数値が羅列された。
日本語で表示されている。
『表層土壌の水分量、1.2%。有機物含有量、ほぼゼロ。極度の塩類集積を確認。そして――土着微生物の生存数、ゼロです!』
「微生物が、ゼロだと……?」
俺は思わず絶句した。
『ご安心を! 実はフロには「生体活性促進波」の照射機能もあります! 微弱なエネルギーを土中に送り込み、休眠中の微生物を強制的に目覚めさせることが可能です!』
(……使えないことはない。だが)
俺は足元の死んだ土を見つめた。
水分ゼロ。有機物ゼロ。微生物ゼロ。
土台が何もない状態でいくらエネルギーを照射しても、目覚めた微生物たちは一秒後に干からびて終わりだ。
チートには、受け皿が必要だ。
(こんな死んだ土で、どうやって緑化しろって言うんだ……。いや、待てよ)
俺は立ち上がり、村の周囲を囲む剥き出しの岩山を睨んだ。
水脈が完全に枯れているわけではない。
レイラは「井戸で水を汲む」と言った。
なら、地下の深い場所にはまだ僅かな希望が残っているはずだ。
ゼロじゃない。
ここはマイナスからのスタートだ。
「カイ? どうしたの、そんな怖い顔をして」
水汲みを終えたレイラが、素焼きの壺を抱えて戻ってきた。
「……いや。この村の土が、想像以上に酷い状態だと思ってな」
俺は手についた土を払い落とし、レイラを真っ直ぐに見た。
「レイラ。この村に、枯れてもいいから植物の残骸……例えば、古い落ち葉や、家畜の糞はあるか?」
「え? 落ち葉はないけど……ヤギの糞なら、村の端の小屋に乾燥したものが少しあるわ。でも、あれは全部、神聖な火の燃料にするのよ。土なんかに混ぜて穢したら、長老たちにすごく怒られちゃうわ」
レイラが不思議そうに、そして少し不安げに首を傾げる。
俺は、乾ききった風を大きく吸い込んだ。
「これから、この土に『命』を吹き込む」
「命……?」
「ああ。時間がかかるかもしれないが、俺がこの村に、もう一度緑を取り戻してみせる」
レイラは大きく目を見張り、それから、泣きそうな顔で小さく笑った。
「……一つだけ、聞いていい?」
「何だ」
「緑化に一番必要なのって……水、よね?」




