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箱庭のテラフォーミング 〜全てが監視されていたなんて〜  作者: 大神みや
灼熱の砂漠編

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第31話 不滅のオアシスと、緑の黒真珠

ナーサリーの真ん中で瑞々しく育ち始めたスイカの苗は、絶望していた村人たちの心に、消えることのない強力な火を灯した。


「カイ様! 結露水の貯水槽、第3区画まで完成しました!」


「こっちの天然ポリマーの調合もバッチリだ! ヤシの繊維ならいくらでもあるぞ!」


昨日までうつろな目で天を仰いでいた男たちが、今は全身に泥と汗をまとい、生き生きとした目でスコップを振るっている。


俺が教えた「砂漠の夜の冷気」と「足元の素材」を使った技術は、瞬く間に村全体の共有財産となり、ナーサリーの規模は数倍へと拡大していった。


「よし、食料の自給の目処は立った。だが、これだけじゃ飢えないだけだ。この村が移動を完全にやめ、ここに定住するためには、外の街と対等に渡り合える経済の武器が必要になる」


俺は、村の周囲に広がる広大な土漠を指差した。


「サード。ここに、乾燥と塩分に極めて強い『ホホバ』のプランテーションを拓く。この実から採れる油は、外の街でも信じられないほどの高値で売れる」


「ホホバ……? あの、油が採れるという、砂漠の低木か」

サードは一瞬目を輝かせたが、すぐに寂しげに眉を下げた。

「だがカイ……ホホバが一人前の木になって、実をつけるまでには、長い時間がかかるはずだ。今を生き延びるのが精一杯の俺たちに、そんな先の長い話は……」


サードだけでなく、周囲で耳を傾けていた男たちの動きが少しだけ鈍る。


やはり、明日の食い扶持に怯えてきたノマドの民にとって、「数年後」という未来は遠すぎるのだ。


俺はサードの泥に汚れた肩を、がっしりと掴んで真っ直ぐに見据えた。


「だからこそ植えるんだ、サード。天から降ってきたあの魔法の水瓶を覚えているか? あれは一ヶ月で消えた。目の前の飢えを凌ぐだけの奇跡なんて、ただの麻薬だ。また連中が気まぐれに何かを落としてくれるのを、口を開けて待ち続ける人生に戻りたいのか?」


「それは……」


「三年、必死にこの木を育てろ。俺たちの作ったポリマーと結露水があれば、木が枯れることは絶対にない。今は大変だが、自分たちの手で流した汗の分だけ、このホホバは三年後、お前たちの子供や、次の世代を絶対に裏切らない巨大な富に変わる。外の神様や奇跡に頼らなくても、自分たちの足で一生生きていける本物の自立を、その手で掴むんだ」


俺の、冷徹なまでに現実的で、けれどどこまでも村の未来を想う熱い言葉が、静かに土漠に染み渡っていく。


サードはしばらく俺の手を見つめ、それから、深く息を吐いて不敵に口の端を上げた。


「……ハハ、本当に耳の痛いことばかり言う男だ。だが、カイ。あんたの言うことなら、不思議と信じられる。一ヶ月で消える魔法なんて、もう真っ平御免だ。外に縋るのをやめて、俺たちの手で、この土地に本物の未来を育ててみせるよ」


「ああ。お前たちならできる」


サードの号令で、村人たちが再び力強くスコップを握り直した。


俺たちは隊商のルートを使ってホホバの苗木を買い付け、土漠に掘った無数の溝へと植樹していった。根元には、男たちが毎日すり潰して作ったヤシ繊維と粘土の「黒いゼリー」がたっぷりと敷き詰められ、夜の間に集められた淡水が、自作のドリップ配管を通じて、必要な分だけ的確に根元へ供給される。


裏の通信網では、この壮大な『数年後のための投資』に、上層部や視聴者たちが言葉を失っていた。【今すぐ結果が出ないのに、未来のために木を植えるのか……】【安直なスパチャを全否定しやがった】【なんて硬派な環境コンサルなんだ……】と、これまでにない深い感銘のコメントが画面を埋め尽くす。チーフもパイプを深くくわえ、『フン、目の前の数字しか見えん本部の肥満児どもに、この男の【本物のインフラ思想】を少しは分けてやりたいもんだな』と誇らしげに笑っていたが、やはりカイには聞こえない


数ヶ月後。


プランテーションのホホバの苗木たちは、まだ小さな低木に過ぎない。


しかし、ポリマーに守られたその根は、砂漠の強烈な太陽を浴びて、驚くほど力強く地面に定着し、瑞々しい緑の葉を茂らせていた。


「カイ、見て……! まだ実はつかないけれど、どの木も新芽がこんなに元気よく伸びてるわ!」


額に汗を浮かべたセリアが、愛おしそうにホホバの葉に触れて歓声を上げた。


確実に、この死の大地に未来の産業の根が張られつつある。


「何でもかんでも与えることが、良い援助じゃない。現地の人間が、自分たちの手で維持し続けられる仕組みを作ること」


レイラが、緑の苗木を見つめながら、かつて俺が言った言葉をそっと反芻していた。


「カイ。あなたの言った通りだったわ。目先の同情で物資を買い与えるだけじゃ、彼らを本当の意味で救うことにはならなかった。彼らは今、自分の意志で、自分たちの未来のために立ってる」


「ああ。これでこのオアシスは、もう二度と動かない不滅のオアシスになったんだ」


俺はタオルで泥だらけの手を拭い、やり切った充実感と共に、心地よい疲労感に目を細めた。


やり遂げた。カオルが残していったあの枯れかけた苗床から、俺たちはここまで辿り着いたんだ。


その時だった。


「おーーーい! サード! 南の砂丘の向こうから、もの凄い勢いで迫ってくる影があるぞ!」

見張りの若者が、息を切らせてナーサリーに飛び込んできた。


「影……? 隊商の群れか?」


サードが眉をひそめる。


「いや、違う! たった一頭だ! 猛烈な砂煙を上げてラクダを飛ばしてくるの、あの……数ヶ月前に大喧嘩して出て行った、あの黒髪の娘だ!!」


「――ッ!!」


その言葉に、俺の心臓がドクン、と大きく跳ね上がった。


慌てて振り返り、遮光ネットの隙間から南の地平線を見つめる。


陽炎の向こう、砂丘の頂に、一頭のラクダに跨り、必死に手綱を血相変えて引きながら、こちらへ向かって猛スピードで滑り降りてくる、見紛うはずのない一人の少女の姿があった。


「カオル……!」


ついに、この過酷な砂漠の果てで、失われたパズルの最後のピースが、向こうからこちらへと飛び込んできた。

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