幕間(カオル視点) システムの裏口と、泥まみれのバトン
赤茶けた砂漠を抜け、さらに進んだ境界線。
切り立った岩肌の渓谷に打ち捨てられた『都市再構築ステージ』の廃墟ビルの一室で、私はタイピングで酷使して痛む手首のサポーターを、歯で噛みちぎりながら締め直していた。
私の左腕にある、あの忌々しい黒い端末。
そこから伸びた被膜剥き出しの手製ケーブルは、管理室のローカルノードへと物理的に直挿しされている。
手元の機材は、道中の廃墟で拾い集めたジャンクのキーボードとモニターを回路レベルで繋ぎ合わせた、即席の泥臭い監視PCだ。
画面の向こう側では、端末の通信を傍受して吸い上げた、私を高みの見物で楽しむ富裕層たちの、反吐が出るような視聴者コメントが流れていた。
『次の防衛ファイアウォールで詰みじゃね?』
『さすがに今回はリタイアでしょ。女の子一人でこの暗号プロトコル突破は無理(課金:3000G)』
「安全なぬるま湯から、よく喋るわね……成金どもが」
私は凍える風に指先を震わせながら、無骨なキーボードに指を叩きつけた。
気がつけばこの世界に拉致され、外れない端末をハメられ、廃墟都市のインフラを強制復旧させるサバイバルを番組として生配信されている。
絶望して、泣き叫んで、モルモットのようにシステムに潰されていくのが奴らの望むシナリオ。
――だけど、私は絶対に諦めない。ただの泣き虫な遭難者で終わるつもりはない。
端末の裏から流れる膨大な暗号化データを、私の持つ知識でゴリゴリと解析していく。
私が最初の地下都市で力技で手に入れた、現地のシステム権限。
これを足がかりに、奴らの防壁の裏口をこじ開けた瞬間、ノイズ混じりの「別の配信チャンネル」のリアルタイム映像が、私の画面に滑り込んできた。
そこに映っていたのは、私が数ヶ月前に通り過ぎた――そして、良かれと思って与えたインフラのせいで住民を依存させ、絶望とともに見捨てた、あの白い塩にまみれたオアシスだった。
そして、そこで泥まみれになりながら、大真面目な顔で、一心不乱にスコップを振るう一人の男の姿。
「……あ」
私の声が、小さく震えた。
カイだ。
あいつが記憶を奪われてこの狂った番組の主人公にされていることは、最初の都市でハッキングした時から知っていた。
ずっと、その後ろ姿を画面越しに追いかけてきた。
だけど――なぜ、よりによって「そこ」にいるのよ。
「あいつ……私がシステムをバグらせたあの場所で、泥まみれになって何やってんのよ、バカ」
口では毒づきながらも、私の目から、熱いものがポロポロとキーボードにこぼれ落ちた。
プラスチック板すら手に入らず、後悔と共に白い紙の切れ端に書き残して逃げ出した、私の最悪な足跡。
あいつは今、その私が放り出した「バグ」の上で、文句一つ言わずに土を耕し、私の尻拭いをしているのだ。
だったら、私はここで立ち止まっているわけにはいかない。
あいつは不器用だから。私が残した負の遺産を、あいつ一人に背負わせるわけにはいかないから。
「待ってて、カイ。このステージのクソみたいな制限、さっさとハックして、あんたのところへ戻ってやるから」
私は涙を乱暴に拭うと、このステージのロックを強制解除して、来た道を逆走するためのキーを、力強く叩き込んだ。
その時だった。
私の深層アクセスを監視者の中央システムが検知し、部屋の電気系統が一斉にショートして火花を散らした。
画面が真っ赤に染まり、『――不正なルート権限を感知。防衛セキュリティプログラムが強制起動。端末の物理的破壊プロセスに移行します』という無機質なシステムメッセージがポップアップする。
私の左腕の端末に向けて、腕ごと焼き切断しようとするほどの異常電圧が逆流してくる。
だが、私の唇は、戦慄の中で確かに吊り上がっていた。
「私のハッキングパッチと、そっちの欠陥システム……どっちの適用速度が速いか、勝負よ」




