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箱庭のテラフォーミング 〜全てが監視されていたなんて〜  作者: 大神みや
凍風のテウマ峠編 

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第27話 テウマの湯煙と、旅立ちの通行証

温泉の発掘と、山の斜面を利用した段々畑風の養殖池の建設から数ヶ月。


テウマ峠の村は、かつての滅びゆく寒村の面影を完全に失い、大陸中から旅人が押し寄せる場所に大激変を遂げていた。


「おい、信じられるか? この極寒の山の上で、こんなにプリップリで美味いエビが食えるなんてよ!」


「しかもこのオンセンって湯船、旅の疲れが消し飛ぶぞ……サウナの後の水風呂もたまらん!」


村のいたる所に建てられた風情ある石造りの温泉宿と、現地のサウナ文化を融合させた施設からは、年中無休で真っ白な極上の湯気が立ち上っている。


活火山の地熱と岩塩層がもたらした天然の人工海水は、セリアの水質管理によって最高の陸上養殖場となり、今やブランド化した「テウマ温泉エビ」は、山の下の都市へ高値で輸出される一大特産品となっていた。


もちろん、逃がした温泉水による床暖房で村の全戸は冬でも常春のように暖かく、地滑りの危機は完全に消滅している。


「カイ様! 養殖池の第5区画のデータ確認をお願いします!」


「ああ、今行く」


俺が左腕のデバイスを操作し、空中に青いホログラムを展開して水温やミネラル比率を微調整する。


周囲の村人たちは、その鮮やかな手際に感嘆の声を漏らし、深い感謝の目を向けていた。


マ・カレシュでの実績に違わぬカイの徹底した品質管理は、今や村人たちにとってこれ以上ない生活の盾となっていた。


そんな活気溢れる温泉街の片隅で、俺はリュックを背負い、旅立ちの準備を終えていた。


隣には、あの露天風呂での一件以来、ことあるごとに「カオルさんを想う時の顔、なんか癪に触るわね」「本当にね」と、思い出しジト目を向けてくるレイラとセリアがいるが、こればかりは苦笑いでノーコメントを貫くしかない。


「本当に行ってしまうのかね、若者よ」


背後から、低い渋い声がした。


振り返ると、あの狸村長――チーフエージェントが、パイプをくわえて立っていた。


その顔は、いつも通りの気難し気な表情だが、心なしか苦虫を噛み潰したようでもある。


「ああ。村長からの無理難題はすべてクリアしたはずだ。村の経済は安定し、地滑りも止まった。文句はないだろう」


俺が言うと、村長はフッと煙を吐き出し、俺の左腕のフロを一瞥した。


「完璧以上のリザルトだ。認めざるを得んな。ワシの出した過酷な要求を、まさかその端末と海の知識、あるいは温泉というお前の個人的な執念で一気にひっくり返されるとは、夢にも思わんかったよ」


村長はレイラとセリアに視線を移し、小さく頷いた。


裏の通信網で、この食えない狸親父が上層部から『番組のジャンルをサバイバルから温泉グルメ紀行に変えやがって!』と怒鳴られつつも、過去最高を更新し続ける視聴率のグラフを見て、内心で狂喜乱舞していること――それを察しているレイラとセリアは、呆れ顔でチーフを見つめ返していた。


もちろん、そんな裏の事情など、カイは知る由もない。


「若者よ、お前が探している黒髪の女――カオルの噂だがな」


村長がパイプを懐に仕舞い、南の空を指差した。


「このテウマ峠を降りた先、どこまでも続く無限の砂漠の最奥に、オアシスがある。そこへ向かった東洋人の女の目撃情報がある。……これを受け取れ」


村長から手渡されたのは、南の砂漠のルートが記された、特別な通行許可証だった。


「ありがたい。……村長、あんたもたまにはあの温泉にでも浸かって、少しは肩の力を抜くといい」


「フン、言われずとも毎日入っとるわ。……達者でな、土のプロフェッショナル」


がっしりと固い握手を交わし、俺たちはテウマ峠の賑やかな湯気の後ろ髪を引かれながら、南の下り坂へと歩みを進めた。


村人たちの感謝の歓声が、遠くから響いてくる。


「ねえ、カイ。次の砂漠って、本当に何もない場所なんでしょう? 私の護衛が本格的に役立つわね!」


レイラが嬉しそうに短剣の柄を叩く。


「何言ってるのよ。オアシスの水質管理なら、また私の出番なんだから!」


セリアも負けじと胸を張る。


そこへ、俺の左腕からフロが『ピピッ』と短い警告音を鳴らした。


『マスター、前方のエリアデータを受信しました。……どうやら次の目的地は、これまでの常識が通じない、生態系そのものが歪んだ特殊なエリアのようです。気合を入れていきましょう!』


フロの報告を聞きながら、俺は眼下に広がる広大な砂の海を見据えた。


幼馴染のカオルへ向けた、テウマ峠の温泉という名のメッセージ。


彼女がいつかあの湯船に浸かり、『ととのった〜!』と笑う日を夢見て。


俺たちの旅は、ついにこの世界で最も過酷とされる、生命を拒む無限の砂漠へと突入していく。

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