第26話 プロの役割と、湯気に込めたメッセージ
「セリア、東斜面の水路の角度はこれでいいか?」
「ええ、完璧よ! 温泉水の温度が下がらないうちに、この段々畑風の養殖池に流れ込むように配管を回して!」
テウマ峠の工事現場は、かつてない熱気に包まれていた。
マ・カレシュで緑化を成功させた俺たちの噂はすでに峠にも届いており、村の男たちは総出でスコップを振るい、俺の指示に従って山の斜面に頑丈な石積みの排水路を組んでいた。
俺は左腕のフロを起動し、そのホログラムが弾き出す緻密な計算データをセリアと共有しながら、次々と現場へ指示を出していく。
水が多すぎて地盤が緩むなら、その水を網の目のように張り巡らせた「養殖池」へと誘導し、山の外へと安全に逃がせばいい。
土木工学と海の知識が綺麗に融合した、完璧な災害対策システムだ。
そんな中――。
「……よいしょ、よいしょ……。あ、あの、カイ! 運んできた石、ここに置いておくわね!」
レイラが息を切らしながら、大きな石を台車から降ろしていた。その顔はどこか暗く、いつもならセリアと張り合う元気もない。
「ああ、助かる。……レイラ、ちょっと休憩にしよう」
俺はスコップを置き、レイラを少し離れた岩場へと連れ出した。
「ごめんなさい、カイ」
岩に腰掛けたレイラが、自分の泥だらけの靴を見つめながら、消え入りそうな声で呟いた。
「セリアは海の知識でエビの育て方を教えてるし、フロは頭がいいし……私だけ、何も専門的なことができなくて。ただの肉体労働しかできなくて……足を引っ張ってるわよね」
本気で落ち込む少女の姿に、俺は小さく息を吐き、彼女の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「何を言ってるんだ。俺だって養殖なんて前の世界の知識をうろ覚えで喋っているだけで、専門外だ。お互い様さ」
「え……?」
「専門知識なんてのは、フロやセリアに任せておけばいい。だがな、レイラ。この慣れない極寒の岩山で、俺たちがこうして怪我もせず、安心して作業に集中できているのは誰のおかげだと思う?」
俺はレイラのマントに差された、手入れの行き届いた短剣を指差した。
「お前が常に周囲を警戒して、この危険な山野の脅威を事前に察知して、俺たちの背中を守ってくれているからだ。その鋭い観察眼と護衛としての役割がなければ、俺たちの作業なんて一日目で頓挫してる」
「カイ……」
「お前は、このパーティに絶対に欠かせない一流のプロだ。自分を安売りするな」
俺が真っ直ぐに見つめて言うと、レイラは一瞬、琥珀色の瞳を大きく見開き――それから、顔を真っ赤にしてマントのフードを深く被った。
「な、なによもう……! そんなこと言われたら、午後からもっと石を運ばなきゃいけなくなるじゃない……!」
蚊の鳴くような声で毒づくレイラ。
その耳の裏のパッチからは、裏で聞いていたチーフの『ふん、手際よくヒロインを転がす男だ』という渋い鼻笑いが微かに漏れていたが、今のレイラにはそれすら心地よかった。
元気を取り戻したレイラが現場へ戻っていくのを見送り、俺はプロジェクトの最終段階――温泉&サウナ施設の建設地へと向かった。
現地のサウナ文化をベースに、日本古来の「温泉の湯船」を組み合わせた、この世界に二つとない極上の保養施設だ。
「よし……。石造りのサウナ室の通気口はこれでよし。あとは、この巨大な岩をくり抜いて露天風呂を造る」
熱い湯気が、極寒の峠の空へと白く立ち上っていく。
湯気の向こうに、上気した顔で笑うカオルの幻影が見えた気がした。
あいつがここに立ち寄ったら、絶対に喜ぶ。
「いつか、カオルとここに来たいな……」
思わずポロッと、自分でも驚くほど穏やかで、優しい独り言が漏れてしまった。
その声を、背後で聞いていた人物たちがいた。
「へえ。……へええええ?」
背筋が凍るような低い声がした。
振り返ると、いつの間にか作業を終えたセリアと、フードを被ったレイラが、見たこともないような(・・・・・・・・)冷たい目で俺を睨みつけていた。
「カイ。カオルさんを探す旅なのは知ってたけど……今、すっごく嬉しそうな顔をして名前を呼んだわね?」
レイラが短剣の柄をピキピキと鳴らす。
「そうね、レイラ。私たちに見せたこともないような優しい目をしてたわ。……温泉が好きな幼馴染、ねえ?」
セリアが凍りつくような笑顔で一歩、歩み寄ってくる。
「え? あ、いや……」
いつもビジネスライクに『カオルを探す』とだけ言っていた俺が、初めて見せた「男としての顔」に、二人のエージェントのジェラシーが完全に爆発していた。
圧倒的な女子二人のプレッシャーに、さしもの環境コンサルのプロである俺も、冷や汗を流して後退りするしかなかった。
空の上でカメラを回す視聴者たちが
【修羅場キターーーー!】
【カイ、そこは上手く誤魔化せ!】
【これぞ幼馴染の特権、破壊力抜群だな!】
と大盛り上がりしている中、テウマ峠の一大温泉郷は、様々な熱量を孕んで完成の時を迎えようとしていた。




