第25話 村長の無理難題と、海の味がする山
「ほう、この村を人が集まる場所にする、と?」
テウマ峠の集会所。
暖炉の火に当たりながら、村長はパイプの煙をくゆらせ、細い目で俺を値踏みするように見つめた。
白髭を蓄えたその顔は、ただの哀れな老人というよりは、酸いも甘いも噛み分けた老練な政治家のような、渋い威厳を漂わせている。
「若者よ、大言壮語も大概にせえ。地滑りを防ぐ排水路を掘るだけでも、この極寒の岩山では至難の業だ。……だが、そこまで言うなら条件がある」
村長は不敵に笑い、古い羊皮紙に、過酷な要求をサラサラと書き殴っていった。
「地滑りを止める排水路を掘るついでに、その温水を使って、村の全戸に暖気が行き渡る暖房の配管を敷いてみせよ。この凍える冬を、村人全員が凍えずに過ごせるだけのインフラをな。できねば、お前らを村を騒がせた詐欺師として山の下へ叩き落とす」
「ちょっと待ちなさいよおじいさん!!」
その過大すぎる要求に、レイラが思わず素で叫んだ。
「地滑りを止めながら、村全体の暖房システムも作れだなんて!? カイがいくら凄くても、そんな魔法使いみたいなこと――」
「いや、面白い。その条件、すべて呑もう。……だが村長、俺からも一つ条件がある」
「ちょっとカイ!?」
慌てるレイラを制し、俺は村長を真っ直ぐに見据えた。
「ただ暖房を通すだけじゃ、人は集まらない。排水路と暖房配管の工事のついでに、俺に『巨大な生け簀』を造らせてくれ。この山の温泉水を使って、冬でも凍らない陸上養殖のシステムを構築する。山の上で、極上の美味い海の幸を大量生産して、旅人を呼び寄せる目玉にしてやる」
「……何だと?」
村長の目が、初めて驚きに微かに見開かれた。
「よし、交渉成立だ。すぐに着工する」
俺が席を外して道具の準備に向かった瞬間、レイラとセリアは不自然に顔を見合わせ、同時に「ちょっとトイレ!」と言って集会所の裏手へと駆け込んだ。
周囲に誰もいないことを確認すると、二人は耳裏のパッチを叩き、怒りの通信を入れた。
『ちょっと! 何考えてるんですか、チーフ!!』
レイラが声を潜めながらも、猛烈な勢いでブチ切れる。
通信の向こう――数メートル先の室内にいるはずの村長から、低く、渋い「上司」としての冷徹な声が脳内に響いた。
『落ち着け、二人とも。ステージ4のコンセプトは【絶望的な要求に対する、キャストの限界突破】だ。これまでのカイの活躍で、上層部も視聴者も目の肥えた肥満児みたいになってる。だから過酷なインフラ要求を突きつけたのだが……まさか対象の方から、『養殖コンテンツ』に首を突っ込んでくるとはな』
セリアが驚きを隠せない声で通信に割り込む。
『チーフの想定外だったの!? カイはまだ、この水が塩分を含んでいることすら知らないはずよ!?』
『フッ……あの男の観察眼を侮るな。だが、数字を稼ぐ絶好のチャンスだ。セリア、お前の実家の海産管理の知識を対象に使いこなさせろ。……ほら、対象が戻ってくるぞ。部下としての職務を全うしろ』
プツリと通信が切れ、二人は大急ぎで平然を装って俺の元へと戻ってきた。
そんな裏の繋がりなど知る由もない俺は、すでにフロを起動して、集会所の外の小川で地表の調査を始めていた。
「セリア、ちょっと来てくれ。この湧き水を舐めてみてほしい」
「え? あ、うん……。――って、何これ!?」
小川の水を指ですくって口に含んだセリアが、驚愕に青い目を見開いた。
「これ、ただの水じゃないわ……。ほんの少し、しょっぱい(・・・・)。私の故郷の、イサウィラの海と同じ潮の匂いがする……!」
「やっぱりな」
俺はフロが弾き出した地下の成分表を指さした。
「この活火山の熱で温められた雪解け水は、地下二百メートルの古代の『岩塩層』を通過する際、海水に極めて近い割合のナトリウムと、豊富な火山性ミネラルを溶かし込んでいるんだ。つまり、この山の中を流れる温泉水は、天然の人工海水だ。海のない山奥だが、水質と温度は海の生物にとってこれ以上ない理想の環境になる」
俺はセリアの目を真っ直ぐに見つめた。
「セリア、お前が海の街で培ったエビや魚の生態知識を貸してくれ。この温泉水なら、最高級のエビやトラウトの陸上養殖ができる。村長の要求以上のインフラを、俺とお前で造るんだ」
「……! ええ、任せて! 海の管理なら、私の領分よ!」
セリアの目が、職人としてのプライドと、カイに頼られた喜びで一気に輝きを帯びる。
「……あの、私、は……?」
専門知識の応酬についていけず、ぽつんと取り残されたレイラが、自分のマントの裾をぎゅっと握りしめて、今にも泣きそうな顔でうつむいていた。
村長からの過酷な要求、山の中に隠された太古の海、そしてヒロインの葛藤。
複雑な思惑が絡み合う中、テウマ峠を揺るがす「奇跡の温泉郷」の建設が、ついに動き出そうとしていた。




