第20話 旧市街の鍛冶屋たちと、鉄の獣の牙
深度三百メートルの岩盤を砕き、化石水と天然ガスを引きずり出す。
その前代未聞の計画を実行するため、俺とマークが真っ先に向かったのは、旧市街のさらに奥深く、常に黒煙と熱気が立ち込める「鉄くず通り」だった。
「おい親父、生きてるか」
マークが、一際大きな鍛冶工房の煤けた暖簾をくぐりながら声をかける。
「……何の用だ、酔いどれマーク。うちは鍋の底打ちと、チンピラの安いナイフしか打たねえぞ」
奥から現れたのは、筋骨隆々だが、どこか無気力な目をした白髪の老鍛冶師だった。
「今日はナイフじゃねえ。……とびきりデカい牙を打ってほしい」
マークが不敵に笑い、俺が羊皮紙に描いた図面を、作業台の上にバンッと広げた。
「なんだこりゃ……?」
図面を覗き込んだ老鍛冶師の目が、瞬時に見開かれる。
「長さ三メートル、重さ数トンにも及ぶ巨大な鉄のノミだと!? 機関車の動力でこいつを吊り上げて、岩盤に何度も叩きつける気か! 馬鹿野郎、これだけの質量の鉄の塊、どうやって中まで均一に熱を持たせる! 少しでも内部に鬆(※気泡やひび割れ)が入っていれば、岩盤にぶつけた衝撃で一発でガラスみたいに砕け散るぞ!」
老鍛冶師の言う通りだ。
衝撃式掘削において、命となるのはこの鉄のノミの「強度」だ。
ただデカい鉄の塊を作ればいいわけではない。
硬い岩盤を砕く鋭さと、数トンの衝撃に耐えうる粘り強さを両立させるという、狂気じみた鍛造技術が要求される。
「だからこそ、あんたの所に来た」
俺は図面を指さし、老鍛冶師の目を真っ直ぐに見据えた。
「俺たちは土の専門家だ。地層の硬度から最適な刃の形状、落とす角度と衝撃の計算はすべて終わらせている。だが、机上の計算を現実の鉄にできるのは、この街であんただけだ」
俺の言葉に、老鍛冶師の顔色が変わる。
「ふざけやがって。図面の意図すら読めねえ三流と一緒にすんな」
老鍛冶師は図面を乱暴に引っ掴み、震える指でノミの刃先の構造をなぞった。
「これだけのモノを打つとなれば、この通りの鍛冶屋を総動員して、三日三晩、寝ずに炉の火を燃やし続けなきゃならねえ。それだけの対価は払えるんだろうな? 金か? それとも領主様の推薦状か?」
「金でも名誉でもない。……水だ」
俺が言うと、工房の空気がピタリと止まった。
「この牙で東区画の地下深くに眠る水源をぶち抜き、巨大なインフラを構築する。その地下水の第一バイパス(分水路)を、この旧市街のど真ん中に引いてやる。富裕層から買わなくても、あんたらの家族が一生使い切れないほどの真水をな」
「…………!!」
老鍛冶師の息が荒くなる。
旧市街の住人にとって、慢性的な水不足と不衛生な環境は死活問題だ。
それを根本から解決するという提案は、どんな金銀財宝よりも価値がある。
「親父」
マークが、かつての同志に向けるような真剣な声で言った。
「俺たちが一度、この街でやり損ねた夢の続きだ。……もう一度、俺に賭けてみねえか」
老鍛冶師はマークをジッと見つめ返し――やがて、大きく息を吐き出してニヤリと笑った。
「……おい野郎ども!! 起きやがれ! 鍋の修理は全部後回しだ!!」
老鍛冶師の怒号が、煤けた工房に響き渡る。
「鉄くず通りの親方衆を全員叩き起こせ! 街の歴史をひっくり返す、とびきりデカい獣の牙を打つぞ!!」
その声を合図に、旧市街の鍛冶屋たちが次々と集結し始めた。
普段は日陰でくすぶっていた職人たちの目に、猛烈な熱とプライドの炎が灯っていく。
「す、すごい活気……!」
工房の隅で様子を見ていたレイラが、炉の熱気に当てられて頬を紅潮させている。
『ピロリンッ♪ カイ様とマーク様の激熱な演説に、空の上の連中も大騒ぎですよ!』
フロが空中で嬉しそうに報告するが、俺もマークも、そして職人たちも、もはや空の上の連中の反応などどうでもよかった。
カンッ! カンッ!!
薄暗い旧市街の路地裏に、重厚な鉄を打つ音が響き始める。
それは単なる作業音ではない。
権力者に水を奪われ、砂埃の中で虐げられてきた者たちが、自らの手で未来を切り拓くための「反逆の産声」だった。
俺は真っ赤に熱せられた鉄の塊を見つめながら、次なる工程へと思考を巡らせた。
牙は彼らが造り上げてくれる。
次は――東区画へのレールの敷設と、あの巨大な鉄の獣(機関車)を現場まで引き込む作業だ。




