第19話 隠しコマンドと、鉄の獣の使い道
「腕を貸せ。……よし、少し黙ってろよ、ポンコツAI」
旧市街の路地裏。
マークは俺の左腕のデバイス『フロ』を掴むと、その滑らかな表面を指先でリズミカルに叩き始めた。
トン、トトン、タタッ……。
まるで古いモールス信号か、あるいは打楽器のセッションのような独特のタップ音。
それは明らかに、通常のユーザーインターフェースには存在しない「物理的なバックドア(裏口)」へのアクセス手順だった。
『ピロ……ガッ、ザザザッ……!』
いつもは能天気なフロの電子音が、不気味なノイズに変わる。
『音声認識バイパス、確認。……管理者権限へ移行します。シークレットモード、スタンドバイ』
無機質で冷たい、フロの「裏の声」が響いた。
その瞬間、レイラとセリアがビクッと肩を揺らす。
彼女たちエージェントですら知らない、システムの深層に触れた証拠だった。
「よし、起きたな。この街の足元、深度五百メートルまでの広域地質データをスキャンしろ」
マークが命じると、俺の腕から巨大な青いワイヤーフレームのホログラムが空中に展開された。
先ほどの地表数メートルのスキャンとは桁違いの、とてつもない情報量だ。
「……見ろ。これがマ・カレシュの真実だ」
マークが指差したホログラムの最深部。
そこには、赤土の層の遥か下、堅牢な岩盤に守られるようにして横たわる「巨大な青い水脈」が映し出されていた。
「巨大な地下湖……いや、『化石水』か!」
俺は思わず声を上げた。
「ああ。何万年も前の地殻変動で閉じ込められた、無菌で純粋な古代の水だ。領主や富裕層が吸い上げている浅い地下水脈とは比べ物にならねえ、莫大な量が眠ってる」
マークはホログラムを操作し、さらに別のポイントを赤くハイライトさせた。
「しかも、その水脈のすぐ上には『天然ガス』の層まである。水と、動力源。これさえ引きずり出せれば、東区画の砂漠化なんて余裕で押し返せる」
「なるほど。連中の用意したシナリオを根底からひっくり返す、最高の隠し玉だ」
俺はホログラムを見つめ、技術者としての血が沸騰するのを感じた。
だが、すぐに現実的な問題が立ちはだかる。
「深度三百メートル超えの岩盤ぶち抜きか……。ツルハシと人力の井戸掘りじゃ、何十年かかるかわからない。圧倒的な『動力』が必要だ」
「それも、とびきり馬鹿でかい回転力を生み出すエンジンがな」
俺とマークは顔を見合わせ、そして――全く同じタイミングで、ニヤリと口角を上げた。
「「鉄道を使うか」」
二人の声が完全にハモった。
街の入り口で見た、あの太い鉄のレールと、終着駅で黒煙を上げていた巨大な機関車。
「おいおい、嘘だろ? あの鉄の塊の動力を、そのまま巨大なボーリングマシンの『ドリル』に繋ぐ気か? 機関車の車輪の回転を流用するって言うのかよ!」
マークが興奮したように捲し立てる。
「そうだ。レールを延長して東区画まで機関車を引き込み、歯車を噛み合わせて垂直の回転力に変換する。スラムの鍛冶屋たちを総動員して、巨大なドリルの刃を打たせれば……いける!」
俺も脳内で瞬時に設計図を組み上げ、熱を帯びた声で答える。
「最高にイカレた土木工事だぜ! 水源とガス層をぶち抜いたら、あとはそのガスを燃料にして、ヒートポンプ式の自動散水システムを組めば……!」
「完璧だ。一年どころか、半年で東区画を要塞化できるぞ!」
地面に座り込んでいたマークは完全に立ち上がり、俺と肩を並べて空中のホログラムを指差し、怒涛の勢いで専門用語の応酬を繰り広げ始めた。
「「…………」」
置き去りにされたレイラとセリアは、ただポカンと口を開けて、熱狂する二人の男を見つめていた。
(……ねえ。なんか、とんでもないことになろうとしてない?)
(……ええ。男の子って、巨大なドリルとか機械が絡むと、なんであんなにバカみたいに輝くのかしらね)
二人のエージェントは、呆れたように、けれどどこか楽しげにため息をついた。
絶望に沈んでいた敗北者は、今や完全に「一流の技術者」としての顔を取り戻していた。
赤土の旧都を揺るがす、前代未聞の超巨大インフラ工事が、いよいよ幕を開けようとしていた。




