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箱庭のテラフォーミング 〜全てが監視されていたなんて〜  作者: 大神みや
赤土の古都マ・カレシュ編

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第18話 水辺の馬と、プロフェッショナルの意地

「……ふん。空の上の『連中』のご機嫌取りなんて、俺はもう二度とごめんだ」


旧市街の悪臭漂う路地裏。

ゴミ山に座り込むマークの視線は、レイラとセリアの耳裏に向けられていた。


「俺はかつて、あんたみたいに本気でこの国の土を救おうとした。農業を支援して、国全体を根本から豊かにしようってな」

マークは自嘲気味に笑い、濁った酒を喉に流し込んだ。


「最初はうまくいってた。あんたが着けてる『フロ』みたいなサポートもあったし、上からの気前のいい『支援』も降ってきた。だが……俺が地道なインフラ整備に乗り出した途端、不自然な砂嵐や落盤事故が相次いで、農地も水路も徹底的に破壊されたんだ」


マークの声に、ギリッと悔しさが滲む。


「挙句の果てに、俺を一番近くで支えてくれていたはずの仲間たちも……ある日突然、誰一人いなくなった。幻だったみたいにな。支援は途絶え、端末は奪われ、残されたのは絶望だけだ」


(……まさか)

レイラとセリアは顔を見合わせ、息を呑んだ。

マーク本人は気づいていない。だが、エージェントである彼女たちには痛いほどわかった。その「消えた仲間たち」が、前シーズンの担当エージェントであったこと。そして、地味なインフラ整備に飽きた運営が、意図的に事故を起こして番組を打ち切り、キャストを一斉に撤収させたのだということが。


システムの理不尽に押し潰され、すべてを奪われた男。

普通の人間なら、ここで同情して引き下がるだろう。


「そうか。それは同情する」

俺は静かに言い、マークを見下ろした。

「だが、俺は空の上の連中を喜ばせるために土を弄っているわけじゃない。俺が助けたい人間――『カオル』という一人の女を探し出すために、連中のシステムを『搾取』しているだけだ」


「……なんだと?」


「東区画の砂漠化を食い止め、この街に最高の拠点を作る。そのためには、どうしてもあんたの技術が必要なんだ。あの地下で眠っている完璧な水路を、もう一度蘇らせてくれ」


俺は真っ直ぐにマークの目を見て、頭を下げた。

だが、マークは顔を背けたまま動かない。


俺はそれ以上無理強いせず、きびすを返した。


「……カイ!? ちょっと、諦めちゃうの!?」

焦るレイラを制し、俺は肩越しにマークへと言葉を投げた。


「前の世界に、こんなことわざがある。『馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない』」

「……」

「俺はあんたに、もう一度自分の技術を証明して、連中に一泡吹かせるための『水辺チャンス』を用意した。だが、その水を飲むかどうかは、あんた次第だ」


俺はレイラとセリアを促し、歩き出した。

振り返ることはしない。


(飲むさ。絶対に)


俺の内心には、揺るぎない確信があった。

腐った野菜を見ただけで無意識に品質管理の分析をしてしまうような男だ。自分の手で設計した最高のインフラが、志半ばで砂に埋もれるのを許せるはずがない。

一流のプロなら。この国を良くしたいという情熱が、ほんのわずかでも残っているなら――。


「……待てよ、クソ野郎」


背後で、ゴミの山が崩れる音がした。

足を止めて振り返ると、マークがよろけながらも立ち上がり、衣服に付着した泥をパンパンと払い落としているところだった。


「勝手に馬扱いしやがって。……だが、あの水路が未完成のまま朽ちるのは、確かに胸糞わりィ」

マークの目に、僅かだが、かつての技術者としての鋭い光が宿っていた。


「いいだろう、手伝ってやる。知識は俺の頭の中に残ってる。……おい、あんたの左腕の『フロ』を出せ」


「フロを?」

「ああ。連中が残していったそのポンコツには、マニュアルには載っていない『隠しコマンド(深層探査機能)』があるんだ。まずはこの街の奥底に眠る、水源と資源を見つけ出すぞ」


そう言うと、マークは立ち上がりながら、チラリと少し離れた場所に立つレイラとセリアに目をやった。


「……ところで、カイ。あの二人は何者だ? 随分と近い距離で、お前の背中ばかり見てるが」

「業務上のパートナーだ。気にするな」

「そうか」

マークは懐から煙草を取り出して火をつけると、からかうでもなく、ただ事実を述べるように言った。

「頭の片隅に入れておけ。この国じゃ昔から、荒れた大地に緑を取り戻した男は、感謝の証として複数の女を娶るという古い風習がある。今でも田舎の方じゃ生きてるぞ」

「……」

「別に勧めてるわけじゃない。ただ、お前が知らないまま踏み込む前に、言っておいた方がいいと思っただけだ」


俺は特に返事をしなかった。


赤土の旧市街の薄暗い路地裏で。

監視社会の裏をかく、二人の技術者による反逆のチームが結成された瞬間だった。

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