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箱庭のテラフォーミング 〜全てが監視されていたなんて〜  作者: 大神みや
赤土の古都マ・カレシュ編

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第17話 旧市街の亡霊と、捨てられない癖

市場の裏路地に身を潜めたレイラは、周囲の気配を窺いながら耳裏のパッチを強く叩いた。


『本部。東区画の地下インフラについて、該当する過去のキャストの情報を開示して』

『あら、もうそこまで辿り着いたの。展開が早いわね』

通信の向こうで、イザベルの声が面白がるように笑う。


『その見事な水路を作ったのは「マーク」という男。かつて別サーバー(プレシーズン)で農業指導員として投入された、カイと同じ「元・番組主人公ターゲット」よ』

『元・主人公……! どうしてその彼が、あんな完璧なインフラを途中で放棄したの?』

『簡単よ。地道に国が豊かになっていく過程なんて、リアリティ番組としては地味で退屈だったから』


女の冷酷な言葉に、レイラは息を呑んだ。


『だから私たちが、領主の反対派閥に「少しだけ」情報を流して、彼の農地とインフラを破壊させたの。悲劇の主人公として視聴率を稼ぐためにね。……結果、彼は完全に心が折れて番組を放棄し、クビになった哀れな敗北者よ』


レイラは、茹だるような熱気の中で背筋に冷たいものが走るのを感じた。

(それが、システムに逆らえなかった人間の末路……。カイも、いつかこうなるって言うの……?)


『今、彼は旧市街の最下層で泥水をすすっているわ。探してみるのね』


数十分後。

「カイ、わかったわ。数年前、東区画で大規模な工事をしていた異国人の名前……『マーク』よ。今は旧市街のどん底にいるらしいわ」

息を切らして戻ってきたレイラの報告を受け、俺たちは迷わず旧市街の奥深くへと足を踏み入れた。


表通りの喧騒とは打って変わり、陽の当たらないメディナには、重く淀んだ空気が立ち込めていた。

すれ違うのは、虚ろな目をした貧困層や、路地裏で鋭い視線を送ってくるならず者たちばかりだ。


「おい、よそ者。こんな所で何探してやがる。金目のモンなら置いていきな」

薄暗い通路で、ナイフを持った数人の男たちが道を塞いできた。

セリアが身構えるが、俺は無言で皮袋から銀貨を一枚弾き出し、男の足元に投げ捨てた。


「『マーク』という名の、元土木技師の居場所だ。案内すればもう一枚やる」

男は銀貨を素早く拾い上げ、下卑た笑いを浮かべた。

「……ついてきな。あんなポンコツの酔っ払いに何の用か知らねえがな」


案内されたのは、悪臭が漂う安酒場の裏手、ゴミ山が積み上がる吹き溜まりのような路地だった。


「おい、マーク。客だぞ」

男が声をかけると、ゴミ山に背を預けて座り込んでいた大柄な男が、ゆっくりと顔を上げた。

ボロボロの衣服に、伸び放題の無精髭。

手には飲みかけの安酒の瓶が握られている。

どこからどう見ても、完全に終わっている人間の姿だ。


だが、俺の目は男の「手元」に釘付けになっていた。

マークは、ゴミ山に捨てられていた酒場の廃棄野菜――半分黒く変色したトマトを拾い上げ、濁った目でジッと見つめていたのだ。


「……表皮の細胞の崩れ方からして、明らかな輸送時の温度管理ミスだな。荷車のほろをケチったか。無駄な廃棄ロス(損失)を出す、素人の仕事だ」


男は独り言のようにボソッと呟き、トマトをポイと投げ捨てて、安酒を煽った。


その一言で、十分だった。

(間違いない。こいつはただの飲んだくれじゃない)


腐った野菜を見た瞬間に、無意識に品質と輸送経路のロスを分析してしまう。

それは、これまでに何千、何万という作物と真剣に向き合い、完璧な品質管理を徹底してきた人間にしか身につかない「捨てられない癖(プロ意識)」だ。


「あんたがマークか」

俺が歩み寄って声をかけると、マークは面倒くさそうにこちらを見上げた。

「……なんだ、お前ら。俺はもう、土は弄らねえぞ。帰れ」


「東区画を蘇らせる。あんたの知識と技術が必要だ」

俺の単刀直入な言葉に、マークは鼻で笑い、そして俺の隣に立つレイラとセリアの「耳裏」をジッと見据えた。


「……ふん。空の上の『連中』のご機嫌取りなんて、俺はもう二度とごめんだ」


レイラとセリアが息を呑む。

こいつも「そっちシステム」の存在を知っている。

かつて、俺と同じようにこの理不尽な箱庭で足掻き、そして敗北した男。


赤土の旧都の薄暗い路地裏で。

過去の亡霊と、現在の開拓者が、静かに視線を交差させていた。


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