死亡フラグは回収済み
時は2042年。
時代の変化は社会の急速な変化をもたらした。
ガソリンを使う車はもう道路を走っていない。電車の運転手がAI化したのは大いにニュースになったね。
これは2042年当時でいえば最近の話だ。挙句の果ては一家に一台、家事用のAIが設備され、それが当たり前となった。このAIがかのスマートフォンと同じような扱いになるのも時間の問題かな。
現代社会が目覚ましい技術進歩を見せる中、とある薬品会社がこんな発表をするんだ。
「世界初!! あの『Wisteria Hearts』シリーズが完全フルダイブ式ゲームとなって発売決定!!」
「半年後にはベータ版による選考体験会も実施予定!! 抽選に申し込んで『第六感を解放できる異世界』へひと足先に飛び立とう!!」
とね。
あ、「よくあるフルダイブ型ゲームが題材のラノベじゃん」って思った?
まぁ実際にそうなんだけど、厳密にはそうじゃ無かったんだ。
え、どう違うかって?
それは「読んでみてね」って言わないとボクが怒られちゃうから、勘弁して欲しいな…
とにかく_
この物語はそんな世界を生きる生粋ゲーマー兼現役高学生、『札野 氷戈』を主人公とした一風変わったファンタジー作品さ。
でも君たちの『未来』を題材にしてるから、ファンタジーとは言わないのかな…?
ま、いいや!!
それじゃあ君たちも2042年に出るであろう『完全フルダイブ式ゲーム』には十分に気を付けて、いってらっしゃーい!!
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2042年8月9日、完全フルダイブ式ゲーム『Wisteria Hearts』の先行体験会当日。
つまり今日でタイトルが正式発表されてから半年が経ったことになる。
数多もの先行体験会応募者の中から抽選で選ばれた総勢百名が千葉の会場へ集うこととなるのだが…
「ハァ…ハァッ…グッうっ!? …ガハッ!!?」
「…なあ、トーカ。これ大丈夫なんか? いきなり死にかけてんじゃん」
「なによ、ヒョウとアンタはいつもこうじゃない」
「俺がいつもこうなら通院を促してくれよな!!」
目はバキバキ、髪はボサボサ、口はアングリの状態で歩く氷戈を心配する力己を貶す燈和の図。
真昼の海浜幕張駅改札付近で行われたこのやりとりは多くの人の目に入っただろう。原因は言わずもがな、氷戈の様子が人間としてはあまりにも異様だったからである。通り過ぎる人全員に見られたレベルで注目を集めていた。
改札を出た氷戈はなぜかボロボロになっている手でボロボロになっている案内地図をポケットから取り出し、先行体験会会場の場所を確認するのだった。
「こっち…だ」
そう言って会場の方向を指差すと、氷戈は一人でトボトボ歩いて行ってしまった。
これを見た氷戈の幼馴染である『野崎 燈和』は呆れたように言い放つ。
「ハァ、まったく。楽しみすぎて二日前から寝れないだなんて今時の小学生でもないでしょうに…」
この呟きにどうしてか張り合うように反応するのは同じく幼馴染の『新田 力己』だった。
「でも俺は小学生の頃に二日後の給食の献立がカレーで寝れなくなったことあるぞ。凄ぇだろ?」
「誰もそんなこと聞いてないし、覚えてもない」
「でもあの時のこと、懐かしいよねぇ。確かいっくん、カレー日に風邪ひいて学校来れなかったんだっけ?」
「なんなのよ…そのカレー日って」
『カレー日』という祝日っぽい造語を生み出したのは井ノ頭 心弓。
彼女も氷戈、力己、燈和とは仲が良く、成績優秀、スポーツ万能という完璧なステータスを持っている。
しかし幼馴染の前で今更気を張ることもなく、結構な頻度でこうしたおかしな発言を連投する無自覚天然ちゃんでもある。お察しの通り、学校では高嶺の花枠だ。
「流石ユミ、よく覚えてんな!! そんでヒョウとシグレに『カレー持って帰ってきて』って頼んだら二人とも皿ごと持ってきてくれたんだよ、これぞまさしく友情だぜ!! なぁシグレ?」
「…びくとりー」
学校から皿ごとカレーを強奪するという奇行に及び、今現在無表情でピースを決めている『シグレ』と呼ばれた男もまた、彼ら幼馴染グループの一人である。
本名は北野 茈雨。
気だるげな感じを醸し出す、モテそうな高身長イケメン。実際モテる。が、しっかりバカなのを知っているのはこのメンバー間だけである。
「何に勝ったのやら…。ほら! ヒョウを見失わないように早く行くよ!!」
燈和はそう言うと前を行く氷戈を追って走る。力己、心弓、茈雨もカレーの話をしながらそれに続くのだった。
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会場前にて_
流石のビッグタイトルというべきか、『Wisteria Hearts』の選考体験会会場周辺は混雑を極めていた。
当選者は百人だというのにその何倍もの人だかりができるのは非常に謎である。と言いたいところだが、かくいう氷戈達一行も当選者一人に対し五人でここへ赴いているので。これがまず謎である。
そこで燈和が切り出すのだった。
「ってか、なんで私たちまで付いてこなきゃいけないのよ。せっかく幕張にまで来たんだから私たちはショッピングとか食べ歩きとか楽しい事したいじゃない? ねぇ、ユミ?」
「え? 私はここ楽しいよ? なんかこう、『イベントだー!!』って感じで!! あっ、見てー!! 根ッコーくんとカイちゃんが居るー!!」
「…はぁ」
「へっ、聞く相手を間違えたな!? ユミは間違いなく『こっち側』だzゴフッ!?」
仲間獲得に勤しんだ燈和の努力も虚しく、心弓は『Wisteria Hearts』のマスコットキャラクターである『根ッコーくん』と『カイちゃん』の着ぐるみがいる方へ去ってしまった。燈和はその状況を煽る力己に対して躊躇なく腹パンを喰らわすと、駆けていく心弓を眺めて言った。
「まあ、ユミはほっといてもしっかり戻ってくるし大丈夫か…。問題はアンタよ、ア・ン・タ!!」
「オレノツカイマハユウシュウダ、セガタカイノガフベンダガ」
「…俺、ヒョウの使い魔になっちゃった…最悪」
死にかけの氷戈に肩を貸してやってる茈雨の図に呆れながらも、燈和は問い詰める。
「ちょっとヒョウ!! 開始時間まであとどれくらいなワケ? 私たちも行けるところまでは付き合ってあげるから、もっとシャキッとしなさいよね」
「アト、五分ダナ。ハハッ…」
「はぁ!? 五分? ちょッ、地図よこしなさいよ!! …ほらッ!! 使い魔!! ヒョウを担いで早く付いて来てッ!?」
「…え、待って。俺って今後、ヒョウの使い魔で通されるの?」
「へっ、んなこと言ったら俺なんてトーカから名前で呼んでもらうことの方が珍しいんだぜ? 甘かったな!?」
「おーい、待ってよー。みんなー」
燈和を先頭に、氷戈の両肩を支えて走る力己と茈雨、そしてその後を追う心弓という光景はなんともまぁ慌ただしいものだろうか。
しかしこれが彼らにとっては日常であり、当たり前なのであった。
そう、この日までは。
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会場受付にて_
会場内に入るとすぐのところに「受付」と書かれた看板と長机が横並び、受付スタッフと思われる人が一人座っていた。
かなりギリギリでの受付であるため玄関付近は空いており、五人が一気に押しかけても問題は無かった。夏場ということもあり会場内は冷房で冷え、なんだか外とは違った空気を吸っているような感覚を覚えた。
慌ただしく入って来た氷戈たちに気づいた受付スタッフが「受付はこちらでーす!! こちら最終受付となりまース!!」と手を振ってくれたので、案内に従って受付の前へと歩いて行った。
「ん? 五名様…の受付でお間違いないでしょうカ?」
死にかけの氷戈の代わりに燈和が応じる。
「あ、いえ!! コイt…氷戈だけです」
「では、当選の証明書をご提示いただけますカ?」
「ほらっ、スマホ貸しなさい!」
「…イエスマジェスティ」
「ええっと、どれどれ…」
燈和が代表して応対している中、心弓が何かを氷戈へ手渡した。
「ねえ、ヒョーくん? さっき根ッコーくんとカイちゃんの着ぐるみさんが居るところに行ったら横で『これ』配ってたの。確か好きだったでしょ? あげるよ」
見るとそれはエナジードリンク『purple』だった。purpleと謳いつつも半分が紫色、半分が黄色に染まった缶のデザインはいかがなものか。
何はともあれ氷戈は缶を受け取り次第速攻でプルタブを開け、ゴクゴクと一瞬で飲み干したのだった。
「カーッ、生き返るぜ!! サンキューな、ユミ!!」
「グっ!!」
「どーなってんのよ、アンタの体…」
完全復活を果たした氷戈は心弓に対してサムズアップをキメると、彼女もすかさずサムズアップをキメ返す。
このやり取りを見ていた力己は言う。
「コレで完全復活するならよ? コンビニだか自販機で買うとかすればよかったじゃんか」
「いやぁ、コンビニは分からないけど自販機は全部売り切れてたね。全部見てたし、匂いもしなかった」
「あの状態でスゲェな…って匂い? 匂いって何…?」
一同が感心したり呆れたりしている間にどうやら受付作業が終わったようで_
「お待たせいたしました。当選番号498番の『札野 氷戈』様ですね。受付が完了いたしましたので、今から入場証を押しますネ」
氷戈は不思議がる。
「お、押す…ですか?」
「はい。今回の先行体験会では、今から氷戈様の手の甲に押すスタンプが入場証となるんでス」
「あ、ああ。そういうことなら…よろしくお願いします」
そうして氷戈は受付の人に右の手の甲を差し出し、スタンプを押してもらった。しかし手の甲にはなんの跡も残っていない。
「…? こ、これ押せてますか?」
「え? …ええ。押せてますよ!! ほら、あれです。ブルーライトで照らすんでス!!」
「ああ、ネズミーランドみたいな…?」
「…あ、そういえバ」
納得し、会場入り口へと足を運ぼうとした氷戈を受付が呼び止めたのだった。
「時間的にもコレが最終受付となるんですが、実は当選者の方がちょうど四人程いらしてなくて。…もしお連れの方々がよろしければですが、先行体験会に参加してみませんカ?」
「ええ!? マジですかッ!?」
まさかの提案に大声を出す氷戈。そしてキラキラした目を幼馴染四人へ向けて問うた。
「もちろん行くよな!? なッ? こんなチャンス二度と無いよ⁉︎」
「んえ? でも私、ゲーム興味ないしあ」
「うおお、マジか!? 凄すぎて凄くねえか!? もちろん行くぜ!!」
「…中の方が涼しそうだから、行く」
「やったー!! 本物の根ッコー君とカイちゃんに会えるチャンスだね!!」
燈和は力己、茈雨、心弓のそれぞれの反応を見ると、観念したように言う。
「はァ…仕方ない、行きましょうか」
「ありがとうございます。こちらとしましても先行体験会の人数は多い方がありがたいので!! …では皆様、手の甲を」
四人は手の甲を差し出すと例のスタンプを押してもらった。しかし今度はしっかりと跡があるようで_
「あれ、跡付いてるぞ? まあいっか」
「あ、ほんとだ。しかも柄違くない?」
「やったー、私ハート柄!! かわいい!!」
「…俺は…なんだコレ、」
「で、では皆様。選考体験会はこのゲートから道なりに進んでいただいた先にある、ドアの先にて開催されております。…足元には気を付けて、行ってらっしゃいまセ!!」
「行くぞーーーー!!」
「ッンあ!? おい待ちやがれッ!!」
案内されるや否や、駆け出す力己とそれを追う氷戈。
「コラ走んな!! バカ二人!!」
「トーカちゃん、先生みたい」
「…学校じゃ鬼だけどね」
こうして真っ暗なドアを潜り抜けた一行が、否、氷戈が目にしたものは_
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下には平らな石が所狭しと敷き詰められ、周辺を見渡せばレンガや石造りの家々が立ち並ぶ。
ゲームやアニメといったエンタメ作品を網羅してきた氷戈であれば、ここが『異世界でよくある中世の街並み』を模したエリアの大通りだということはすぐに分かった。
理解の早い氷戈は、既にここはゲーム『Wisteria Hearts』の中の世界であり、この街を拠点にしてチュートリアルや冒険を進めていくのだと考えた。
ところが、何かがおかしかった。
最初の街ではお約束である、愉快なBGMが聞こえないのだ。
だからと言って、無音な訳でもなく_
「キャッーーーーーー!!?」
「アァァァァァァァッ!!」
「来るんじゃねェっ!!!」
代わりに鳴り響くは阿鼻叫喚の旋律。
よく見ると、綺麗だと思っていた街並みも炎と返り血で赤く染め上げられており_
「ッ!! 邪魔だッ、どきやがれっ!!?」
ドスッ!!
「うあッ!!」
氷戈は意図せずとも逃げ惑う人々の行手を塞いでいた為、一人の男性に突っぱねられてしまう。
尻餅を付いた氷戈は、そのまま人の波が収まるまで頭を抱えて小さく蹲っていた。
その間にも蹴ったり踏まれたりと散々な目に遭ったが、不思議とそこまで痛くはなかった。
一分ほどして漸く辺りが静まったので、氷戈は恐る恐る顔を上げてみると_
キィィィィィンッ!!
大通りの奥の方に見えた、劈くような音を伴う凄まじい光の集約。
厨二病の重篤患者である氷戈は、直感でそれが何なのか分かってしまった。
「嘘、だよな…?」
-これ、死ぬじゃん。…え、今ログインしたばっかりなんですけどッ!? 誰も先行体験会で即死RTAだなんて目指さんて!! 笑えねぇんだけどッ!?-
氷戈は直に放たれるであろう殺人光線から逃れるため、近くにあった小道へ目をやる。
尻餅の状態から急いで立ち上がり、一歩を踏み出したその刹那__
__無慈悲にも、放たれる。
___________。
幅十メートルはあろうかという大通りを裕に呑み込んだ光の奔流は、一瞬で縦一直線を壊滅へ追い込む。
あまりの威力に音は消し飛び、視界は白一色に染まる。
先ほど大通りを走って逃げていた人々の集団も、辺りへ身を隠していた人々も、逃げ遅れた人々も皆悉く光に包まれる。
そして氷戈も、例外なくその内の一人となってしまったのだった。
=さあ、ゲームスタートだ。=




