飛んで火に入る冬の花
「あ____」
大通りのずっと先から放たれた光線は氷戈の声を遮り、通過した場所をあっという間に灰燼と化させた。
通りやその周辺に居た人間は漏れなく巻き込まれ、蒸発するという結末を辿っていた。
この世界に来たばかりの氷戈に至っては光線のほぼド真ん中に捉えられてしまっており、助かる余地などますます皆無であった。
氷戈自身も『乙った』という確信があったため、瞑った目を開けられずにいた。
-待ってくれ…目を開けたら強制ログアウトさせられてるとか無いよなッ!? 流石にリスポーンされてるよねッ!? ねぇどうなのさ!?-
「早よう目を開けろ」というご指摘も分かるが、氷戈がそれだけこの体験会を楽しみにしていたという捉え方も出来よう。許してやってほしい。
「…ん?」
視界を絶っているせいで、その他の感覚が研ぎ澄まされた氷戈はある違和感を覚える。
-風…と、焦げた匂い…?-
気になった氷戈は、恐る恐る目を開けてみるのだった。
「…え?なん…で?」
まず視界に飛び込んできたのは、酷く抉れた道が前から後ろへ一直線に続いている光景だった。否、道というよりは『結果的に道に見える跡』と表現した方が適切か。
次いで辺りを見回すと、少し離れた場所にはついさっき目にしたレンガや石造りの建物と同じような雰囲気の家々が並んでいたのである。
このことから氷戈は、ここは最初に居たチュートリアルシティなのだろうと考えた。
しかしそうなると、氷戈は死んでいないという事になる。
あんな攻撃を直で喰らったというのに。
世界初のダイブ式ゲームである『Wisteria Hearts』には倫理上の観点から痛覚共有のシステムは導入されていない。加えてHPバーのようなものも一切見当たらない為、先の光線が自身にどのような影響を及ぼしたのか分かりかねる状況だった。
頭を悩ませる氷戈は、その場で思いついたような声を上げる。
「あれか、無敵時間か…?」
確かにダイブ式のゲームにリスキル対策でログイン直後の無敵時間が設けられていてもなんらおかしくは無いだろう。
ゲーマーの鑑のような考察を行った氷戈は、ひとまずこの場から離れようと足を動かし始める。
「もしそうなら今はもう無敵時間の効果は切れているだろうし、あのビームを打ってきた奴に見つかるのも避けたいな。どのみち、こんな開けた場所に居座るのは得策じゃ…って、あれ? そういえば_」
ここで氷戈は、漸く気付くこととなる。
「_幼馴染、どこ行ったんだ…?」
思い返してみればゲーム内に転送された興奮で奇声を発し、光線から逃げ惑う村人BOTたちに轢かれた頃から既に姿が無かった。
なのでビームに巻き込まれて乙った、ということは無さそうだが、それはそれでそもそもの行方が分からないという事になる。
再び思考を巡らせようとした、その時だった。
「『あいつら』ってのは、『茈結』の連中のことかいッ!?」
ズドンッ!!!
「あグッ!!?」
突如、聞き覚えのない女性の声が聞こえたかと思った時にはもう既に、氷戈は地面に埋まっていたのだった。
後頭部を掴まれた状態で思いっきり前へ押し倒されたので、顔から地面に叩きつけられたのだ。
あまりの痛みと、大きな脳への振動を感じた氷戈は鈍い呻き声を上げる。
何が何だか分からない様子の氷戈に構う事なく、その女性は再び話しかけてきた。
「なぁオイ、なんとか言ったらどうなんだよ!? オレの『穿々雷々』を防ぎ切った奴がこの程度で痛がるわきゃねぇだろ?」
「ガ…ガァっ…!?」
散々聞いておいて答えさせる気は毛頭無いのだろう。その証拠に氷戈の頭を地面へ押し付ける力をどんどんと強めているのだから。
増し続ける痛みに対して呻き声を上げることしか出来ない氷戈は、ただただ死への恐怖に怯え始めたのだった。
__は?
氷戈は気付く。
何かがおかしい。
なんだよ、『死への恐怖』って?
怯えてる? 何にさ?
いや、待てよ?そもそも…だ。
なんで痛むんだ?
そこからおかしいだろう?
だってここは__
「まぁいいぜ…お前が『茈結』の人間だろうがこの国の人間だろうが、そんなのどっちだっていいことだ」
「ッ…!?」
氷戈が感じた違和感に答を出す前に、不穏なことを言い始める女。
頭を押さえつけていた手を離し、ゆっくりと立ち上がった彼女は何かの準備をする。
焦る氷戈。
違和感なんてどうでも良い。
着々と、且つ確実に迫り来る『死』はもう目の前にある。
-俺…死ぬのか? いや、殺されるんだ。あの時と、同じ_-
蘇る記憶。
______________
「やっぱり私の子ね!! 元気で、優しくて、ちょっぴりドジだけども、とっても可愛いもの!」
「やっぱりあなたの子ね!! 正直で、頭が良くて、ちょっぴり変わってるけど、とっても可愛いもの!」
「やっぱり凍凌の弟ね!! 運動が出来て、友達も多くて、ちょっぴり大人しいけど、とっても可愛いもの!」
______________
『死』を拒絶する理由。
-『あの子たちなんて、産まなければ良かった』-
楽しかった日々が、一瞬にして崩れ去ったあの日のこと。
-『おかしいだろッ!! なんで…なんで母さんが死ななきゃいけなかったんだッ!?』-
幸せだった家庭が、一瞬にして消え去ったあの日のこと。
-『さようなら、氷戈。…俺のために、消えてくれ』-
『死』に狂わされた人生は、『死』を拒絶する。『死』はダメだ。
『死』は全てを、奪っていくから__。
-……嫌だ。………嫌だ、イヤだ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤだ嫌だイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ嫌だ嫌だ嫌だイヤだ嫌だ嫌だイヤだイヤだイヤだ嫌だイヤだイヤだ嫌だだ嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤだ嫌だイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ嫌だ嫌だ嫌だイヤだッァアアアア!!?!!!!?!!!!??-
「オレの任務は『ただ派手に暴れること』。つまりよぉ?」
「_だ…イヤだ…」
惨めに伏す氷戈になど目もくれず、自身の右手に黄色い稲妻を纏わせた彼女はその拳を天高く振り上げて言う。
「派手に殺さないといけねぇよなぁッ!?」
人など簡単に殺せてしまうほどのエネルギーが籠った拳が、氷戈目掛けて繰り出され_
「嫌だって!! ッ言ってンだろッ!!!?!?!」
死の間際、膨れ上がった拒絶は絶対零度の冷気を伴い_
「ッ!!? なッ!?」
異変を察知した女は直ぐに拳を引き下げ、驚きながらも氷戈から距離を取る。
こうして数メートルほど下がった女が目にしたものは、自身の目先のところにまで肥大化した氷で出来た花であった。
一見、大きくて美しい花であるが、その花弁の一枚一枚には無数の棘が備わっており、少しでも距離を取る速度やタイミングが遅ければ滅多刺しは免れなかったであろう。
「あっぶねぇ…やっぱり『茈結』の一味だったか」
女は冷や汗を拭いながら独り言を呟いた。
幾層もの花弁を隔てた先から微かに聞こえたこの呟きで氷戈は我に帰る。
「ハァ、ハァっ…………え」
-助かった…のか? それよりこれって…こ、氷? なんで俺の周りに氷の壁なんて出来て…?-
大きく抉れた地面に突如として咲き誇った巨大な氷花を、改めて見上げた女はさらにもう一言_
「しっかしどうなってるんだ、こいつは…氷使いだと? 共有されてたリストにはこんな奴…そもそもどうして」
「っ…」
-だ、誰かが助けてくれたんじゃ無いのか…? それよりリスト? 共有? いったいなんのことを言って…-
状況も話も一切読めない氷戈はひとまず身体を起こし、思考を始める。
どうやら氷花の中心部にある閉じた蕾の中に身を置いてるお陰で、ほんの少しの冷静さを取り戻したようである。何より、ここなら『死』とは隔絶されているのだと本能的に感じ取れたから。
-考えろ、考えろッ…!! ここがゲームの世界じゃ無いのは分かってる!! それでも今まで触れてきたゲームや異世界系の作品の数々、それらの知識をフル活用しろ!! 今の俺に出来ることはそれしか無いから!!-
「スゥ…」
小さく息を吸い、深呼吸をした氷戈は考察に入る。
-まずアイツは俺に向かってこう言った、『シケツの連中』『シケツの一味』と。実際にそうだと疑われた俺は排除されそうになった。そして口ぶり的に、先の光線を放ったのも奴だ。…ここから推測するに、アイツの属する組織とシケツっていう組織?は敵対関係にあって、この場を戦場として現在進行形で抗争しているんじゃ無いのか? 『共有されていたリスト』という言葉もその裏付けになる。…つまりこの街を破壊しているアイツと敵対する『シケツ』の人たちはその真逆、要は『街を守る存在』である可能性は十分に有り得るんじゃないか?…だとすれば、俺が生き存えるためにやるべきことは一つ…-
『時間稼ぎ』
それが氷戈の導き出した答えだった。
人間が己が力だけで地に穴を開けたり地面を抉るビームを放てたりと、正しく異世界のようなこの世界。
そこへ来て間も無い自分が、戦争の最前線に立つような人間に対して間違っても戦いを挑もうとしてはいけない。
驕ってはダメだ。履き違えてもダメだ。
俺は決して、『物語の主人公』では無いのだから。
ここは異世界かもしれないけど、現実でもある。
現実がどれほど酷であるかを思い出せ。
現実が怖くて、辛くて、逃げるようにしてゲームの世界に自分の居場所を作った。
初めは逃げ場所でも、次第に趣味となり、生き甲斐となり、世界となった。無論、幾度と無く異世界へ行きたいとも願った。
そして十中八九、ここは『夢』にまで見た異世界。
それでも、だ。
今、見なきゃいけないのは『現実』だ。
人一倍『死』に対して恐怖心が強いのは確かだけど、それよりも。
これからも幼馴染と一緒にバカをやるため、生き残らないといけない。
だって_
「_幼馴染にまだ何も…返せていないから…」
独り言を呟き、氷戈は覚悟を決めたような目をして立ち上がった。
_と同時に、氷戈を包んでいた氷花が音を立てて砕け散ったのだった。
バリンっ…!!
「ッ!! うお!?」
「…」
驚く女と、無言の氷戈。
氷戈はこの際も思考を辞めない。
-…うっすらそんな予感はしていたけど、今のでハッキリした。氷花は俺が自身を守るため、無意識的に作りだしたものだったんだ。『死にたく無い』という極限の感情が実体化した、言うなれば心の底から望んだ『欲』の結果。…都合の良い解釈かもしれない。『現実』を見ていないかもしれない。……それでもいい、良いとこ取れ_-
ここは現実だが、異世界でもあるのだから。
氷戈はこの状況で時間稼ぎをするには、ただ現実を見ているだけではいけないと悟っていた。
何故ならこの世界に適応されているのはあくまで『この世界のルール』であるからだ。せめてでも、あいつと同じ土俵に入って物事を考えなければ話にすらならないと真に理解しているのである。
数多のゲームと数多のエンタメ作品にのめり込み、幼くして重度の厨二病を患っていた札野 氷戈。
暇さえあれば常に異世界に居る自分を夢想した。
誰も居ない家でただ一人、他には聞かせられないようなセリフやオリジナルの技名を叫び続けて幾星霜、他の人間とは歴が違った。
そう_
=『厨二を極めし者』はもう既に、踏み入れたばかりこの世界に慣れ始めているのであった。=




