1周年記念SS その3 金子達也の一般探索者のススメ
1周年記念SS 第三弾は金子さんです
「お願いします!今度の土曜日付き合ってください!!」
と俺に深々と頭を下げて、このビルの警備をやっている幸田和美さんが頼んできた。
「はあ?」
と首を傾げる俺に彼女は必死にもう一度同じことを繰り返した。
普通の男ならおそらく男女の交際の申し込みと勘違いするシチュエーションだが、あいにく自分はそういう勘違いはしない。伊達に彼女いない歴=年齢で過ごしてきたわけじゃない。
「あー、その……何か困ったことがあるのなら力にはなれると思うが、できれば神崎を通してほしい。今はフリーじゃなくて加藤法律事務所の弁護士なので」
と俺が言うと、彼女は「あ」という顔をしてから、両手を顔の前で合わせてぺこぺこと頭を下げた。
「違うんです!そっちじゃなくて、回復魔法師としてのお仕事です!!」
と彼女は慌てて告げた。
「ああ、なるほど」
そっちかと俺は素直に頷いた。
二人とも休憩時間だったので事務所ビルにあるラーメン屋に向かった。ここはラーメン屋とは名ばかりの社食だ。神崎が「社食」と言い張っているのでそうなのだ。なので、社員は割引で食べられる。ちなみに1階のパン屋も5階の居酒屋も社食だ。流石に7階のバーは厳しかったようだが、とりあえずこのビルのだいたいの食べ物屋は「社食」である。神崎が「節税」と言い張っていたが定かではない。
「ああ、こんなホワイトな労働条件で勤めてたら、ダンジョンに潜るの嫌になっちゃうなぁ」
と和美さんがぼやいた。
「探索者は厳しいですからね」
俺も相槌を打つ。一回しかダンジョンに行ったことはないが、なかなかにハードな体験だった。それでも、当夜くんに言わせるとだいぶマシな環境だったらしい。
「そうなんですよねー、でもうちのリーダーの腕前を燻らせるのは惜しくって」
和美さんと組んでいる小早川将司さんは剣士で、もうあと少しでAランクというところまできているらしい。
「将司は運がなくて。ランクアップの申請した途端、パーティメンバーが不祥事を起こしたり、大怪我したりでなかなか目が出なくて」
どれもこれも彼の所為とはいえない失敗だったが、運も込みでの昇格である。他より総じて運が悪すぎるなどのポイントもマイナス要因になりえるのが、探索者稼業だ。
「それで、どうして俺を?言っておきますが、俺は初心者に毛が生えた程度の探索者で、たいした回復魔法は使えませんよ」
自分で言うのもなんだが初級の回復魔法と、ダンジョンの帰りがけに教えてもらった身体強化くらいしか使えない。新潟に行った後、一応神崎に言われてギルドの初心者講習は受けたので、少しくらいは魔力の扱いに慣れているが、お世辞にもAを目指そうかと言う探索者のメンバーに相応しいとは思えなかった。
「実は今度の土日で久々に泊まりがけでダンジョンに行くつもりで神崎先生にも許可をいただいていて。私たちがいない間の警備も別途手配してもらってるんです」
和美は痛恨という顔で説明を始めた。
「それで、回復職も手配してたんですが、その……行方不明になりまして」
「ダンジョンで?」
さすがダンジョン、恐ろしいなと俺が思っていると彼女はふるふると首を振った。
「いえ、あの…借金で夜逃げしまして…」
と小さくなってつぶやいた。
「それは…まあ、なんというか、言葉もないですね」
「はい」
しおしおと彼女は項垂れた。
そもそも探索者をしていて、借金苦で夜逃げはまあまあ多いのだそうだ。
昇格が見えてくると気が大きくなるらしい。武器や、防具、魔道具などに金を注ぎ込むパターンはまだいい。手元にそれらが残るからだ。
問題はキャバ嬢やホストに入れ込んだり、ギャンブル、パチンコ、果ては違法賭博などに手を出すことだ。
それで、昇格が叶わなかった場合、手元には巨額の借用書だけが残るというわけだ。
だいたいは地方のダンジョンで稼いで戻ってきて借金を返すらしいが、中には犯罪紛いのことに手を出してお縄になるケースもある。しかし、回復職は少々事情が異なるらしい。
「回復職って貴重なので下手したら外国に売られちゃうから、逃げ出す時は完全に跡形もなく消えるんですよ」
「え?」
俺は若干心配になった。誘拐でもされたら抵抗できずにあっと言う間に攫われる自覚はある。
「あ、大丈夫です。金子さんを下手にどうにかしたら神崎先生が出てくるの目に見えてるので。今あの先生は業界ではアンタッチャブルな存在だから」
と彼女は苦笑混じりにフォローしてくれた。
神崎は探索者最上位の如月秋人と次点の霧崎桜子の二大巨頭がくっついている上に、本人は本業弁護士という厄介な資格の持ち主で、さらにSランクの探索者でもあり、審議官という前例があまりない珍しい魔法の使い手だ。正直敵に回しても何一ついいことがないということだと和美さんは説明した。
「回復魔法師はあまり出ないジョブなので、探索者日報で金子さんの名前が載った時にはたぶんスカウトしようって思った人たくさんいたと思いますが、一件もきてないでしょ?」
「ええ」
俺は頷いた。そんなスカウトのメールも手紙ももらった覚えはない。
「ちょっと調べたら金子さんが神崎先生の関係者だってすぐわかるんで。『神崎家』は回復要員がいないので、たぶん金子さんがそうなるだろうってみんなが思ってるんですよ。だからスカウトしなかったんです」
「なるほど」
俺は特に神崎に誘われたわけではないのだが、世間はそうは思わないらしい。
そもそも俺は探索者を続ける必要もないのだ。既に弟の瘴気中毒どころか足まで治った。回復魔法はリハビリには効果がないので、正直魔法は持て余している。
「それで、土日なんですが、できるだけ私たちも護衛しますので一緒にきていただけないでしょうか?」
と彼女は再度頭を下げた。
「そうですね…」
俺は少し考えた。確かに探索者を続ける必要はもうないのだが、せっかく得たジョブである。それに、あの男は何くれとなくトラブルに巻き込まれるたちなので、回復魔法の腕を上げておくのは悪くない。
「わかった。行きます」
俺の回答に和美はぱっと顔を輝かせたが、俺は大事なことを告げる必要があった。
「ただ、俺はすごい運動音痴なんですが、それでもいいですか?
「え?」
俺の言葉に彼女の目が大きく見開かれる。
「探索者が運動音痴なんてあり得ないのですが、まあ探索者になったのも神崎たちが先導してくれただけですしね。正直彼らの後ろをふらふら歩いていただけで昇格した感じで」
その間にも十度以上転んで、数えきれないくらい擦り傷だらけになった。途中からは当夜くんが手を引いてくれていたのは記憶に新しい。
「・・・・・・どうします?」
俺の言葉に、彼女はしばらく躊躇った後頷いた。
「わかりました。背に腹は変えられません。よろしくお願いします!」
と深々と頭を下げた。
あれ?なんか結構ひどい言われようだったような……ということは自宅に帰ってから気がついた。
土曜早朝、行き先は荒川第一ダンジョンだ。割と大きめのダンジョンでそれなりに深い。存続されているランクとしては最高のDである。
「おはようございます」
と二人は入り口で待っていてくれた。
「今日は和美がわがままを言いまして、すみません」
将司さんが深々と頭を下げた。
「だってぇ」
と彼女は頬を膨らませる。
「あんまり潜ってないとランク落とされるじゃん。将司またAになれなくなるしー」
と唇を尖らせた。彼は困った顔でため息を吐く。
「それは、別にいいんだ」
「よくない!」
二人の言い合いに俺は「まあまあ」と割って入った。
「あまりお役にたてるかわかりませんが、俺にとってもありがたい申し出でしたので、どうかお気になさらず」
と俺が言うと彼はしぶしぶ頷いた。
「じゃあ、行きましょう」
と将司さんの号令でダンジョンへと向かった。
そして、内部を歩く速度や方法を見て、俺は初めて当夜くんが言ってたことを痛感した。
索敵をしつつ、一歩ずつ慎重に進む。特に崖や通路など死角が多いところは気を遣った。何度かそういう陰からモンスターが飛び出してきて、俺は慌てて首をすくめるしかできなかった。
「これが普通なんだ」
と思わず口にすると、将司と和美は苦笑を浮かべた。
「ああ、金子さんは最初に神崎先生たちと一緒だったんですね。そりゃあ、かなり凄そうだな」
「わかるー。秋人くんだけでも規格外だもんね。因みにどうやって秋人くんたち攻略するんですか?」
と尋ねられたので、神崎が防御魔法をパーティ全体にかけて秋人くんが先頭でほぼモンスターを粉砕、余った分を当夜くんが殴り倒すと説明すると二人は「嗚呼…」と降参のポーズをとった。
「いや、当夜くんが言ってたが、いつもはさらに全員身体強化をして走って進むって。だから俺も早くその魔法だけは覚えてねって言われました」
と言うと、二人は顔を引き攣らせた。
「それって討ち漏らす可能性はゼロって自信がないとできない戦略ですね」
将司が深く息を吐く。
「神崎の防御魔法も結構えぐいみたいです」
と俺が付け加えると、和美が肩を竦めた。
「金子さんも魔法師職だから分かると思うけど、あの人はかなり規格外で、なんと言うか魔力量が桁違いなんですよ。秋人くんは別格ですが、私はあの人以上の魔力の持ち主は桜子さんしか見たことないくらいです」
「まだ二年かそこらだろ?あれは本当に不思議だな」
二人の言葉に自分も確かにと頷いた。探索者になってみてわかったのだが、そうそう簡単に魔力など増えない。これでも自分は多い方らしいから、神崎の魔力量はよほど異常だろう。
時々出てくるモンスターは将司さんが難なく退治してくれた。数が多い時は和美さんの防御魔法で凌ぐ。なんとも申し訳ない立ち位置だが、彼らは俺の様子に首を振った。
「回復魔法師は言わばパーティの生命線です。いるといないじゃ安心が違います」
とのことである。そうは言われても、できればもう少し役に立てるよう、俺もできるだけ努力を誓った。
「次のオアシスで休憩しますね」
と和美さんが地図を見ながら言う。地図を見ていること自体が初体験だ。
「ダンジョンの地図って売ってるんですね」
と俺が言うと二人は嫌そうに横目で互いを見て
「こっちのスタイルが通常ですからね」
と忠告してくれた。これはもう肝に銘じておかねばなるまい。
オアシスでの休憩も随分違っていた。火を起こすのは一緒だが調理などはしないらしい。それでもお湯を沸かすだけでもかなり上等なのだそうだ。夜までの間、三人で少し話しているうちに打ち解けて、口調も自然と砕けだ。
さて、休もうかというその時、慌てたように五人連れのパーティが飛び込んできた。
「すまん!もしハイポーションを持ってたら売って欲しい!」
と中の一人が叫ぶ。彼らは血だらけのメンバーを抱えていた。しかし、将司も和美も静かに首を振った。
「悪い、必要分しかない」
と将司が言う。俺は思わず腰を浮かしかけたが、和美の立つなというアイコンタクトで座り直した。
「んなこと言うなよ!人が死にかけてんだぞ!!」
憤慨したメンバーの一人が剣を抜く。さらに、さっきまで介抱されていた者も含めて戦闘体制に入った。
「オアシス狩りって言って、タチの悪い強盗だな。さっきの会話を録音しておいて、自分たちは悪くないというふうにギルドにアピールするとこまでがセットだ」
と将司が淡々と俺に教えてくれた。
「ギルドからのAランク昇格テストで、『オアシス狩り』狩りもあるんだよねー」
と和美が笑みを深める。
「え?」
と連中は思わず顔を見合わせた。
「お前ら、下手うったな」
将司が刀を抜いた。美しい刃紋の日本刀だ。
「綺麗な刀だな」
と思わず俺が褒めると、彼は少し嬉しそうに笑った。
「神崎先生との契約料で買ったんだ。いい職人も紹介してもらえてラッキーだった。加藤法律事務所はほんといい職場だよ」
と彼はうっとりと刀を見て囁いた。
「あ、将司は昇格前に武器買っちゃうタイプか」
と思わず俺が言うと、彼は気まずそうに目を逸らした。どうやら何度かそれで失敗もしているようだ。
「私は収納魔道具にしようって言ったんだけどねぇ」
和美もどうやら同タイプらしい。
「さて、俺の昇格が確かになるために、この武器が取らぬたぬきのなんてやらにならないように、君たちには犠牲になってもらう」
将司はニヤリと笑った。その笑い方がどうも彼の上司に似ている気がして、俺は苦笑するしかなかった。
結局、『オアシス狩り』狩りが終わり、そこから16階層まで潜って今回の冒険は幕を閉じた。俺は普通のダンジョン攻略を一つ経験して、レベルが少し上がった。将司はどうやらAランクに上がれそうで、和美が大喜びだった。
「お疲れさん。だいぶ転ぶの慣れてきたな」
とすっかりタメ口になった将司と
「金子さんが崖から転がり落ちた時は死ぬかと思った」
と和美が笑いをこぼした。そう、俺は回復魔法はほぼ自分に使っていた。経験値がそれでも積み上がるのが回復魔法師の切ないところだ。
「俺も防御魔法覚えようかな、そしたらも少し役に立つか?」
と俺が言うと彼ら二人は笑って頷いた。
「もしまた次も誘ったらきてもらえる?」
と和美が尋ねたので、俺は深く頷いた。今のままでは神崎家では足手纏い以外のなにものでもない。それは困るのだ。
いつか、秋人くんや神崎が何か大きな出来事に巻き込まれるような気がして仕方なかった。だから、それまでに俺はレベルアップする必要がある。弟の病気も足も治してもらったのだ。ちゃんと恩返しせねばならない。
俺は、しばらく将司と和美の二人に付き合ってもらってレベルアップを試みるのだった。
リクエスト企画第三弾「金子さんが長谷川さんと幸田さんとダンジョン潜るようになった経緯と、潜ってる時の話」でした。
まんまですね。いや、結構普通のダンジョン探索はあまり書いてなかったのでいいかなぁと。
絶対くると思っていた金子さんリクエストです。
感想でおそらく、三名くらい金子さんファンいらっしゃるのではないかと思うのですが。
金子さんは自分はまったくモテないと思ってますが違います。
スルーしてるだけです。大学時代は薫の影に隠れててわからなくて、大卒後は金儲けで忙しかったからです。なので、本当は「あの人いいな」と思っている女性は多いです。
りゅう様、リクエストありがとうございました。
ちょい前に記念短編で金子さんの大学生時代のエピソードが登場しておりますので、もしまだご覧になってない方はよかったらそちらもご覧ください。




