1周年記念SS その2 夏の思い出
連載1周年記念SS。リクエストは当夜くんと聖夜さんの幼少期のエピソード
夏休みに弟の当夜が帰ってきた。大阪遠征を盆休みに控えているので、少し早めの夏季休暇とのことだった。彼は神崎先生や秋人くんのパーティに正式に加入したので朽木家とは縁切りという格好だったのだが、ダンジョンを無くして今更そんな古い因習にこだわる必要はないと一馬さんが手配してくれて、帰省が叶った。
「ただいまー」
という呑気な声に母は少し涙ぐんだ。もう2度と会えないのではないかとさえ思っていたからだ。おそらく神崎先生や秋人くんはそこまでのことだとは思っていなかっただろうが、弟は勘当を覚悟の上で彼らのパーティへの正式加入を決意したのだ。
「おかえり、当夜」
と玄関口まで私が出迎えると、彼は少し照れたように屈託なく笑った。その顔は昔となんら変わらないもので、私の記憶を遠く刺激した。
弟と自分は6歳差だ。私のジョブが料理人であると判明するまで、彼はもう少しわがままだったような気がする。いつでも自分の後をついて周り、なんでも私の所有物を欲しがった。
「にいにだけずるいー」
とよく泣いていた。私はもう小学校に通っていて、まだ幼稚園児の弟の相手は時々ひどく面倒だった。同じ年の友人たちと自転車に乗って釣りに行ったり、少し厳し目の稽古を受けたりする方が楽しかったのだ。
「クワガタを取りに行こうぜ」
とクラスメイトが言い出したのが始まりだ。ラジオ体操の時に誘われた。もちろん私はオッケーしたが、弟は連れていけない。その旨を母にも伝えた。母は苦笑して泣き喚く弟を宥めていたが、この時は「僕の方が跡取りで偉いのだから、弟は我慢するべきだ」などと偉そうに思っていたこともあり、いつも「ずるいずるい」と泣いて強請る弟が優先されず、少しだけ「いい気味だ」と思ったことを覚えている。
だから、クワガタを獲って意気揚々と帰ってきた時、実家が騒然となっていることに心底驚いた。
「何があったの?」
と家政婦の花江さんに尋ねると、彼女はひどく困った顔で
「当夜坊ちゃんがいなくなってしまって」
と告げた。母が少し目を離した隙にいなくなったのだという。家中を探し回ったが見つからない。本家にも連絡を入れたらしい。それでも、当夜はどこにも見つからなかった。
私は居ても立っても居られず、帰ってきた時の格好のまま探しに行った。弟はきっと自分を探しに行ったのだと何故か確信があった。
子供の足ではそう遠くまでは行けないに違いないと大人は思うかもしれないが、あの子はやたらと根性はあった。そして、前にクワガタを取る時の話をしていたのも聞いていた。きっとあの山奥のクヌギの木まで行ったのだ。
この時はテンパっていて大人を連れていくことなど頭になかった。私はただただひたすら弟の名前を呼び、山の中を駆け回った。
「当夜!!」
ようやく見つけた小さな弟はやはり例のクヌギの木の根元に小さくうずくまっていた。
「ばかばか、当夜のバカ。なんで一人で出かけたんだ。少し待ってればいいだろう?」
と私が言うと、弟はのろのろと泣き腫らした顔をあげた。その顔を見た瞬間の私の罪悪感といったらなかった。
「にいに、怖かった」
「そりゃそうだ。こんなとこまで一人で来るなんて」
「にいに、一人で行っちゃやだ。とうやをおいてったらやだあ」
「・・・・・・悪かったよ」
べそべそ泣く弟を前に、私は他に何と言えばいいのか分からなかった。理不尽だと子供心に思いつつ弟の手を引く。それから帰ろうとして気がついた。
「熊だ!当夜!木に上れ」
私は慌てて弟を木の上に押し上げた。冬眠前の熊ではなかったことだけは救いだった。私は収納魔道具から取り出した竹刀を構えた。
「に、にいに!」
緊迫感に弟の声が震える。まだそんなに高くは登れない弟を置いて逃げ出す訳にはいかなかった。
「静かにしてろ」
できればこちらに気が付かないで欲しい…と私は願ったが、そういう願いはえてして叶わないものだ。
熊がゆっくりとやってくる。まだ成体ではないので私の身長と同じくらいだったが、それでも泣きたいほど恐ろしかった。私の構えた竹刀はカタカタと小さく揺れ、足もガクガクと震えていた。
それでも、弟の前で逃げるわけにはいかなかった。
私は竹刀を構えて熊を睨みつけた。
この竹刀は家宝で魔法がかかっている。魔力がなくても多少のモンスターは祓えるのだが、熊に効くかはわからなかった。
「にいに」
頭上で不安げに自分を呼ぶ弟を前に、無様な姿だけはできなかった。
「こい!熊野郎!弟には指一本触れさせないぞ」
と私が精一杯の虚勢を張ると、熊は興味なさげに私たちを一瞥して、方向を変えた。まあたぶん満腹で厄介ごとに興味がなかったのだろう。去っていく熊の後ろ姿を私は呆然と見つめた。死が遠のく音を聞いたような気がした。
「にいに!すごい!かこいい」
と弟が大絶賛する声が頭上からするも、私は固まって一歩も動けなかった。本家の人員まで総動員で山狩を行い、見つけてもらった時は疲労困憊だった。
弟は何が悪かったかさっぱりわからなくて、結局説教されたのは私だけだったが、あの子はずっと熊から救ってくれたのだと私のことを一生懸命、舌ったらずな口調で褒めちぎっていた。
そのことが、後に私への期待を膨大に膨れ上がらせ、ジョブが判明する前から神童扱いになった一因になったのは、皮肉な話だ。
客間の畳の上で当夜がごろごろしている。彼の自室はない。片付けていった。もう帰る気はないという意思表示だったのだ。
両親はかなり渋ったが、この子が初めて自分で自分のために決めたことだ。私は応援してやりたい。
「クワガタ取りに行こうよ」
と不意に彼がそんなことを言い出したので、私は少し驚いてしまった。どうやら同じ思い出を浮かべていたらしい。
「この年で虫取りか?」
と私が苦笑すると、彼は少し遠くを見る。
「一緒に行ったことねえもん。遊馬も連れていけばカッコつくじゃん」
と本家の跡取り様に対してなんたる扱い。そういえば、あの後山に行くのは禁止になったのだった。連れていってやるとの約束は果たされていない。
「そうだな。渡したいものもあるし、明日にでも行くか」
例の魔法のかかった竹刀をやると遊馬に約束していた。あの子は筋がいい。きっと人角の剣士になるだろう。
当夜のジョブが判明したあの日以降、私たちの道は大きく狂ってしまった。それでも、今からでも遅くないとそんなふうに思えた午後のひと時だった。
当夜と聖夜のエピソードは書くとたいていお兄ちゃんの後悔編になっちゃうのがアイタタなところです。
当夜くんはあまり自分を語らないのですが、そのうちどどーんと語ってもらう予定。
記念SS5本中2本聖夜君という人気っぷりでございます。
那々様、リクエストありがとうございました。




