1周年記念SS その1 霧崎桜子一生の不覚
連載1周年記念SS。 リクエストは桜子さんです。
その日は、本当は遅くなる予定だった。テレビの収録で夜遅くなるから夕飯はいらないよと薫さんに連絡を入れていたのだ。でも、たまたまちょっと大きなニュースがあって収録が飛んでしまった。せっかくだからと久しぶりにアークのメンバーと一緒に夕飯を食べることになった。
「焼肉!焼肉がいい!」
とヨナが騒いでいるが、久美が
「服に匂いがつくから嫌」
と言い、結局康子行きつけのイタリアンにおさまった。予約なしでも五人でさっと入れるのに美味しい貴重な店だ。
店まであと少しというところで、タクシーを降り全員で細い路地裏を歩く。いわゆる隠れ家的なレストランというやつだ。
「パスタ!リゾット!ピザ!ティラミス!!」
とヨナが騒いでいるのを私はぼんやりと眺めていた。パスタもリゾットも薫さんが上手に作れるのになぁとなんとなく思っていたら、
「なーに?こんなことなら早く帰って彼氏の手料理が味わいたかったなーて?」
康子がにやりと笑う。最近アークエンジェルの中で、一向に進まない私と薫さんの進展具合を揶揄うのが流行っている。私は無言で視線を逸らした。
「神崎先生のご飯美味しいらしいねー、あんた太ったんじゃない?」
とリサが私のお腹をぽんぽんと撫でる。
「いや、硬いな。腹筋すごくない?鍛えすぎると男は引くよ?」
とリサが割と真面目な顔で言うので、私は不安になった。
「そ、そうかな」
最近朝もしっかり稽古をしているので、前よりさらにいろいろとパワーアップしてしまっている。
「気をつけなさいよ、先生まじモテるからね」
康子がシリアスな表情でそんなことを言うので、私は不安になった。
薫さんがモテるのはわかる。だって優しいし頼りになるし家事全般すごく上手でいわゆるスパダリというやつだと思う。おまけに頭がよくてインテリだ。中卒で脳筋の私なんかと本当は釣り合ってない。
あ、まずい。ひさびさに落ちそう…
霧崎の家を出てからはあまりならなくなったけれど、時々私は自己嫌悪の泉にどっぷりと浸かってしまうことがある。そうなると、なかなか抜け出せなくてアークのメンバーにいつも迷惑をかけるのだ。
どうしよう・・・私が立ち止まったので、みんなが振り向いた。
「あれ? 桜子さん?」
不意に私の背後からさっきまで考えていた人の声がかかって、私は飛び上がるほど驚いた。
「か、かおるさん?」
振り向いた先に薫さんと、その横には綺麗な女性が立っていた。長身で長い髪をハーフアップにしている大人の女性だ。落ち着いた雰囲気で、とてもお似合いに見えた。
私はたぶん側から見ても酷い顔色をしていたのだろう。薫さんは慌てたように私の横にやってきて、そっと額に手を添えた。
「大丈夫ですか?酷い顔色だ。熱は…ないですね?具合悪いから早退ですか?」
矢継ぎ早に質問されて答えに窮していると、康子が薫さんの手を払った。
「何って?女連れでこんなところウロウロしててよくもまあそんな事を…」
と彼女が鋭い声で言う。薫さんは「え?」とものすごく心外そうな声を発した。
「そうだそうだ!この浮気者め!」
とヨナがイライラマックスの声で薫さんを詰る。久美はまさかの得物を構えている。
待って、ちゃんと理由を聞きたいと思ったけど、声が出ない。私の様子に気がついたリサが触れるより前に、薫さんの連れの女性が私の背中に手を当てた。
「まあ、すごい光栄だけど流石に20歳も下の男に興味はないわ」
とその女性は嘯いた。
「え?」
とアークの全員が彼女を見る。薫さんは29歳。女性は50近いとはとても思えないのだが、薫さんは困った顔で彼女を見つめた。なんと言って説明しようとその顔が言っている。
「ふふ、私は古賀麗美。平たく言うと薫の先生、加藤哲也弁護士の元愛人です」
「まあ、平たく言うと母親みたいな人で、うちの事務所の楠本さんと双璧で俺が頭が上がらない人です」
と薫さんはやけっぱちな紹介をしてくれた。
麗美さんのお母さんは、薫さんが紹介した施設に入っているのだが、今日はちょっと具合が悪くてお見舞いに出かけていたそうだ。
「秋人もさっきまで一緒だったんですが、工藤さんと落ち合ってデートに出かけました」
との薫さんの言葉にアークのメンバーは若干白い目で私と彼を見た。分かってる。どう考えても彼らの方が先をいっている。高校生に先を越されている。
「誤解して申し訳ありません。それに、桜子が具合が悪いみたいなんで連れて帰ってもらえませんか?」
とリサが言うと、薫さんはひどく驚いて彼女を見た。
「あなたでも治せないほど重症なんですか?」
と真剣に怖い顔をしているので、彼女は苦笑を浮かべて首を振った。
「なんでもかんでも魔法でってわけにはいかないのよ、先生。緊急じゃないものに関しては普通に治さないと、体が治療の力を無くしてしまうの」
とのリサの言葉に薫さんは素直に頷いた。
「わかりました。連れて帰ります。麗美さん、一人で帰れますか?」
と薫さんが彼女に向かって尋ねたが、康子が
「あ、ならよかったら私たちと夕食を食べに行きません?桜子の予約の席が余っちゃうので。行きつけのイタリアンなんです。すごく美味しいの」
と誘った。帰りはタクシーでご自宅まで送りますという康子の言葉に麗美さんはぱっと顔を輝かせた。
「いいんですか!?アークエンジェルと一緒に夕飯なんて店の女の子たちに自慢しちゃお」
と宣言すると、薫さんに向かって
「早く連れて帰ってあげなさい、ほらタクシーつかまえて」
と促す。しっしっと手振りまでついている。どうやら、本当に気の置けない間柄らしい。
薫さんは少し困った顔をしていた。麗美さんを置いて帰るのを躊躇っているのだろうと私は思ったのだが
「いや、ここからなら抱いて帰った方が早い」
と小さくつぶやくと、なんだかびっくりするくらい簡単に私を抱き上げた。
「え?」
全員が固まってる。私も声が出ない。横抱きにされるなんて生まれて初めてだ。
「それじゃ、連れて帰ります。お疲れ様でした。麗美さんをすいませんけど、よろしくお願いします。酒は4杯までにさせてください。それ以上飲むと暴れるので」
と宣言して、とんっと地面を蹴った。
「すぐ帰りますので、辛抱してくださいね」
と耳元で囁かれて私は小さく頷くしかできない。月光かりが暗い夜でよかったと心底思った。たぶん私は真っ赤になってると思う。風を切って飛ぶ空気が心地いいのに心臓が跳ねている。
「薫さん、もう大丈夫。私、重いでしょう。筋肉だらけだし」
と私はなんとかそう彼に伝えたのだが、ふっと小さく笑って薫さんは大きくジャンプした。
「まさか!全然軽いですよ。これでもSランクの探索者ですからね」
とイタズラっぽく目を細めた。
たぶん、絶対に薫さんは私の顔が真っ赤なことに気がついている。私は見られたくなくて顔を伏せた。そうすると彼の胸の位置にに耳がちょうどあたった。少しだけ彼の心音が早いので、薫さんも表情ほど平気ではないのだなと気がついて少しだけホッとした。
そうして、家に着くまで15分ほどの空中デートは幕を閉じた。このままずっと続けばいいのにと思うくらい嬉しくて楽しい幸せな夜だった。
後から聞くと、アークのメンバーは麗美さんから薫さんのことを色々と聞き出そうと画策して失敗し、散々飲まされた挙句、私のことをぺらぺらと話したらしい。
「おい」
と私が凄むと、彼女たちはてへへと笑って
「いやー、年の功には勝てなかったわ」
「ほらあっちも息子の嫁に興味津々じゃん?聞き出そうと思ったけど、返り討ちだったわ。あ、私は桜子のことは褒めまくったわよ」
「すっげー、化け物みたいに飲んだよ、あの人!あたしらアルコールはばちくそ強いはずなんだけどなあ」
「私なんか酔い覚ましの術かけながら飲んでたんだけどね」
と誤魔化したのだった。
情報漏洩で薫さんに相談しようと思う今日この頃だった。
連載1周年記念リクエスト大会 ドンドンパフパフー
ということで、リクエストは桜子さんでした。
正直男性リクしかこないだろうと思っていたので、一番最初に桜子さんもらえてすごく嬉しかったです。
漫画オタク様、リクエストありがとうございました。
細かいシチュエーションもいただいてたのですが、桜子さんはああ見えて自己評価がネガティブな人なので嫉妬牽制するより引いてしまう厄介さんなのでこのくらいが精一杯。
那々様にもアークエンジェルのリクいただいたので彼女たちも登場です。
二人のお話は次の18章にも出てくるのでお楽しみに。
【追記】
ハルヒナ様にも「主人公周りの恋愛話」とリクエスト頂いておりました。纏めちゃってすいません。もう一つの方のお題は第5段で!




