金子達也の受難
神崎薫という男は俺が知ってる中で最も美しく、賢い男だ。
ただし、性格はその姿勢ほどまっすぐではない。いや、性根は真っ直ぐだ。むしろまっすぐすぎるきらいがある。時々、世の理不尽に真っ向勝負を挑むようなことがあり、ハラハラさせられる。
昨日も某教授が女子にセクハラまがいのことをしていたので、さくっと糾弾していた。この先、あの教授の単位はおそらくかなり渋く採点されることになりそうだが、そういう己の不利を鑑みて態度や行いを変えることはない。
正義感に溢れ、弱きを助け、強きを挫く
まあ、そういう男である。
しかし、本人はそういう己の気質を極力表に出さないし、若干偽悪的な部分もあり、あの顔の所為で「遊んでる」とか「不誠実」などというレッテルを貼られることもままある。しかし、そんな風に思っていた連中も少しでも神崎と付き合えば、すぐに理解する。
こいつは、放っておいたらいけない男だと。
まず、やたらと変な奴に絡まれる。女だけじゃない。男からもだ。「自分と付き合ってください」などの穏便なものから「あんたは私or俺の運命の相手だ」みたいな病的なものまで多種多様だ。
そして、やたらと誘拐される。本人は慣れているのか平然とした顔で戻ってくるが、中にはヤの付く自由業の方々から「俺の女に色目使ってんじゃねーよ」的な理由での誘拐など事件性のあるものも多い。もっとやばい内容もあるらしいが、それについては本人はあまり言いたくないらしい。人生で本気でダメだと思ったのは2回ほどあったとだけ聞いた。
それから、やたらと権力者に懐かれる。
友人の向田の父親はどっか有名な企業の代表取締役社長なのだが、神崎が息子だったらと常に言い続けているらしい。向田がぼやいていた。
かと思えば学長や理事長に「うちに娘がいればなあ」などと言われて残念がられているし、どっかの駅でたまたま助けた相手が大手ゼネコンの会長夫人だったり、拾った鞄の持ち主が地方の大地主のものだったりと「現代版わらしべ長者」的な出来事も多く、その縁で伝手がどんどん増えている状況だ。
さらに、芸能事務所やモデルエージェンシーなどからも街を歩いていればスカウトの声がかかる。そりゃそうだろう。この顔とスタイルだ。それは分かる。しかしことごとく断っているにもかかわらず、相手と険悪にならないのだ。向こうは「気が向いたら声かけて」とか「困ったことがあったら相談して」などと言って気軽に名刺を差し出す。神崎はそれを無造作に名刺入れに突っ込むが、時々役に立つらしい。
そういう完全にハプニング体質で、波乱万丈な人生を送っているが、神崎本人は極めて堅実かつ地味めな生活を望んでいる。
ただ、まるで迷えるものが灯台の灯に集まるように、神崎の周囲に困った連中が集って彼を求めるのだ。
「うん、だからさ。悪かったよ。金子」
神崎が遠い目をしている俺の横でひたすら謝っている。
うん、そうだよな。俺もまあまあ油断していた。こいつがハプニング体質で誘拐されやすく常に警戒を怠らない人生を送っていることは百も承知だったが、こうも簡単に俺も一緒に誘拐されるとか思わなかった。
「お前、いつもこんな目にあってんのか?」
と俺が尋ねると神崎は苦笑を浮かべた。
「いやあ、流石にここまでばっちり殺されかけるのはそうそうないよ。よっぽど先週変態息子を豚箱にぶち込んだのが腹たったんだろうなぁ」
などと笑って言うが笑いごとではもちろんない。
俺たちは無人の倉庫で柱に縛られ置き去りにされている。足元にはドラマでしか見たことないような時計のついた爆弾がセットされていた。これを仕掛けて行った連中が言うには、ここは港の配送用倉庫で、この爆弾はこの一帯を吹っ飛ばすような威力があるものらしい。逃げ出しても無駄だと連中は笑っていた。
「俺、時限爆弾って初めて見た!」
とか目をキラキラさせながら言わないでほしい。
「短い人生だった」
と俺が嘆くと神崎は呆れ顔で俺を見た。
「何言ってんだ。止めればいいだけだろ」
と奴は笑っていつの間にか縄から抜けていた。そして時限装置の蓋を開けて鼻歌まじりに時限装置をチェックする。
「おい、そんなの素人が触れるもんじゃないぞ!縄解いたなら逃げよう!通報したらいいじゃないか!」
と俺が提案するも、神崎は厳かに首を振った。
「この辺りは夜勤している人も多い。爆弾が起動するまで5分しかない。全員避難は無理だ」
淡々と神崎は告げる。そして、懐から万能ナイフを取り出した。
「金子、失敗するかもしれないからお前は逃げていいぞ」
と神崎は腹がたつほど平然とした笑顔でそんなことを言う。俺は顔を引き攣らせながら奴の横にどっしりと座った。覚悟を決めるしかないらしい。
「俺の足じゃ5分じゃ間に合わんからな。お前の悪運に賭ける」
運動音痴は伊達じゃない。そう俺が言うと奴はものすごく意外な言葉を聞いたという顔をし、それから花が綻ぶように笑った。そんな笑顔は初めて見た。
ものの見事に爆弾の回路を遮断した神崎は、それから通報して誘拐犯どもを一網打尽にした。後日
「怖くなかったのか?」
と俺が尋ねると、神崎は少し迷ったようにチラリと視線を外し、それから
「俺、運だけはいいからね」
と嘯いた。なんだかその泰然自若とした姿が妙に大人で格好良かった。
後に奴の弁護士事務所に雇われた時にチラリとこの話をすると、神崎は
「実はお前を巻き込むんじゃないかというのが一番怖かったんだ」
と笑って暴露した。
神崎薫という男は、放っておいたらいけない男だ。
いつか、おそらく誰かのためにとんでもない騒動に突っ込んで、己を顧みない行動に出るだろう。
だから、たぶんこいつの面倒を見るのは腐れ縁の俺の宿命なのだと、俺は思っている。
金子さんの大学時代の頃のお話。
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