康子の宝物
ブックマーク5000ありがとう記念SS
私が初めて桜子に出会ったのは、彼女が18歳の頃だった。当時私は22歳で、魔法剣士のメグミと回復魔法師のリサと組んでいた。しかし、メグミはお世辞にも攻撃力が高いとは言えなかったので、強力な前衛が欲しかった。けれども、ギルドから桜子を紹介された時、私はどうやって断ろうかと悩んだ。
なにしろ、その頃の桜子は非常に評判が悪かったのだ。
いわゆる「パーティークラッシャー」で、どこかのパーティーに加入すると、たいがいその組織は崩壊した。 別に誰かが死んだり、再起不能になったりするわけではない。ただ、パーティーの仲間が分裂してダメになるのだ。
当時の桜子の評判は
名門を傘にきた高慢な性格で、美人を鼻にかけて他のメンバーをバカにする、実力だけはあるが人の言うことを聞かない自分勝手な女
という散々なものだった。
まあ、噂というのは当てにならないものだが、火のないところに煙は立たないとも言うし、そんな面倒なメンバーはごめんだと私が思っても不思議じゃないと思う。
しかし、私に桜子を斡旋したギルド職員は
「絶対に康子ちゃんにマイナスにはならない。あの子と康子ちゃんたちはぴったりフィットするはずよ」
と言い張った。私は彼女のことを信頼していたので、仕方なく会ってみることにした。
桜子とは某有名コーヒーチェーン店で待ち合わせた。
が、待ち合わせの時間にやってきた桜子を見て、私はギルド職員がなぜ私に彼女を託したがったのか一目で理解した。
桜子はその当時既にBランクの探索者だったにも関わらず、安物の服を着てぼさぼさの髪を一括りにして化粧の一つもせず、アクセサリーなど一切身につけていなかった。
そして、きょろきょろと店を見渡し困ったように私に言った。
「あの、すいません。注文の仕方が分からなくて」
私が絶句していると、彼女はしまったという顔をして
「お水もらえますか?」
と店員を捕まえてそう言って、怪訝な顔をさせていた。
東京在住の18歳の高給取りの少女が、ここで一度もコーヒー飲んだことがないとかありえない。いろいろとありえなかった。
彼女は茫然としている私を見て泣きそうな顔をして俯いた。
「その、ごめんなさい。物知らずで」
と消え入りそうな声で私に謝った。
「みんな綺麗な格好してるから気後れしちゃって」
桜子はぼそぼそと俯いて喋った。
「ずっと入ってみたかったんだけど、勇気がなくて。今日はせっかく呼んでくださったのに、ごめんなさい」
桜子は身の置き所がないという風情で、背を丸めて小さくなって何度も謝った。
「背筋を伸ばしなさい!それでも探索者なの!?」
と思わず私は桜子に向かって発破をかけた。
桜子はきょとんとした顔をしてから、すまなさそうに笑って背を伸ばした。
すらりとした美しい姿勢だった。
私は彼女の凛とした瞳に見惚れた。
その後、結局私は桜子をパーティーで借りてる家に連れて帰った。「アークエンジェル」とか大層な名前の2DKのボロハイツの2階である。それでも当時の私たちにとってはそれなりに頑張ったお城だった。
桜子を連れて帰った私を見て、
「康子、とうとう人間拾って来たんのね」
「いやいや、未成年?大丈夫?この人に無理やり連れて来られたんじゃない?」
などとリサやメグミは言い放ち、憮然としている私の横で桜子は目を白黒させていた。
桜子はまったく噂とは違う子だった。
名門霧崎家は名ばかりでほぼ没落状態。彼女の報酬を宛にしている始末だった。さらに、これまで崩壊したパーティーの問題は、ほぼ全て桜子を利用しようと企んだメンバーとのいざこざが原因だった。
その辺りはリサがものすごく上手に聞き出していた。彼女は妹がいるので年下を転がすのはお手のものだ。
また、メグミはまったく女性らしいことを何一つ知らない桜子に、家事やお洒落の仕方などを伝授していた。元々メグミは私と違って家庭的な女の子だったので、すぐに桜子の姉的なポジションに収まった。
私は桜子に探索者として必要なノウハウを教えた。
中学校を卒業してから親の言いつけで探索者稼業をやっているという割に、桜子はあまりにも何も知らなかった。なので沢山損をしていたし、まったくと言っていいほど儲かっていなかった。
Bランクになって2年も経つと言うのに貯金が10万円しかなかったのは、呆れを通り越して怒りすら覚えた。
「桜子、あんた少しはおかしいって思わなかったの?」
「うん…みんなとは探索者になってからの年数が違うから年功序列だって言われて」
「バカね!探索者の指標はランク!しいてはレベルよ!あんたは私たちの中でも一番高いレベルなの!ほら、利益分配はこういう比率だからね」
「いや、私、色々教えてもらってるし、同じでいいよ」
「だめ!そういうことをしていると、うちが信用をなくすの!私だってリーダーの手間賃もらってるでしょ、ほら、ここに記載されてる」
「あ、ほんとだ」
「そういうとこよ!気をつけなさい!」
前回パーティーとアークエンジェルの給料明細を見比べて解説していると、ふと桜子は口を尖らせて抗議した。
「でも、私には康子がいるんだから、こんなの覚えなくていいもん」
珍しくそんなわがままを言う彼女に、私はちょっと嬉しくなった。こんな軽口を言えるようになるまでなかなか時間がかかったのだ。桜子なりに必死の甘えだ。
けれどもこれは放ってはおけない内容だった。私は少しだけ心を鬼にした。
「桜子、ちょっと真面目な話をするよ」
と私が姿勢を正すと桜子は不安そうな顔をした。
「いい?私たちは探索者なの。いつどこでどうなっても不思議じゃない仕事なんだよ。私は絶対に桜子を放り出したりしないけど、それでも死ぬかもしれない。怪我で引退しないといけなくなるかもしれない。探索者っていうのはね、何かあった時に一人でもやっていけるように学んでいかないといけないの仕事なの。それに、人は儚くて、ある日突然いなくなってしまうものなのよ」
「康子…」
この時、桜子にはもう私の家族がダンジョンブレイクで全滅していることは話してあった。だからこそ、常に備えなさいと言ったつもりだったが、私の言葉は桜子に変なスイッチを入れてしまった。
「そんな事にはならない!私が絶対に康子たちを守ってみせるから!!」
そう、彼女は豪語してその後いっきにSランクまで駆け上がることになる。まあ本当に驚くやら、呆れるやらで。
それから、ヨナと久美が加入してメグミが脱退して色々あったけど、アークエンジェルは今のところうまくいっている。
「康子いるー?」
気の抜けた様子で桜子が私の部屋に入って来た。一応リーダーとして事務仕事や他組織の人と打ち合わせなどもあるので、私だけパーティーハウスに個人の部屋があるのだ。皆はトレーニングルームで訓練するか、リビングでだらだらしているのだが。
「あのさー、今度の丸の内第一ダンジョンの依頼受ける?」
「あー、あれね。うん、受けるつもり。結構な階層に進化しちゃってる上に、場所が丸の内だからね。オフィスも多いし、まあ美味しい仕事よね」
と私が返事を返すと何やら浮かない様子だ。
「なんか、嫌な予感と嬉しい予感が交互にするの」
と桜子は言った。案外この手の勘は侮れない。桜子は私たちよりかなりレベルが高い。それだけ何かを感知する能力も高いということだ。
私は手元の先遣隊の資料をパラパラとめくった。
「うーん。そんなに難しい依頼じゃなさそうだけど。いい方の予感はどんな感じ?」
「うん。なんかいい出会いがあるような気がする」
へえっと私は思わずニヤけてしまった。
「ダンジョンで出会うなんてロマンチックじゃない。吊り橋効果も相待ってスピード婚とかあるかもよ」
と私が言うと、彼女は苦笑を浮かべた。
「男に興味ありませーん」
「もう、そんなこと言ってると年取ってから後悔するからね」
と私が言うも、彼女はうっすらと笑顔を浮かべた。
どうせ霧崎家に遠慮しているのだろうって私は思っていたのだが、この時の彼女は違っていた。
「うん、なんかね。ようやく会えるような気がする。ずっと、ずっと待ってた人と」
その時の桜子の顔があまりにも美しかったので、私は思わず見惚れた。こんな風な艶っぽい笑顔を彼女が浮かべたのは初めてのことだった。
ふっと私は出会った頃の桜子を思い出した。おどおどして俯いて自信なさげだった少女。それが今は幸せそうに笑っている。それをもたらしたのは自分だという自負があった。
桜子を紹介してくれたギルド職員の女性は、夫の死去とともに引退してしまった。ひどく憔悴し、くたびれ果てていた。どうも夫は自死だったらしい。
最後の別れをした時に、彼女は泣きながら私の手を握った。
「康子さん、桜子さんを大事にしてね。探索者は国の宝なの。宝物なのよ」
そう涙を流す彼女を不思議に思ったが、あえて深くは聞かなかった。彼女も話そうとはしなかった。
ただ、彼女の最後の言葉だけは私は肝に命じている。
桜子は私の宝物だ。
けれどももっと広く、深く、この国の…いや、世界の宝物なのだ。
それくらいの実力者だ。
彼女を犠牲にしてまで守らなければならないような探索者など、皆無である。
唯一、もしもギルドマスターがどちらかを選ばないといけない場面で、桜子を選ばないと決断する相手は、あの如月秋人くらいしかいないだろう。
桜子はそういうレベルの探索者だ。
だからこそ、彼女はその修練の苦労に値するほど幸せになるべきだし、いつか彼女だけを愛し支えてくれる素敵な人を見つけるべきだ。
霧崎家の横暴は最近加速している。ここらで大きな功績を立てて、奴らをぎゃふんと言わせなくてはならない。だからこそ、この依頼に失敗は許されない。
「どうしたの?」
桜子が私の顔を不思議そうに見つめる。その瞳にあのおどおどした不安はない。あるのは揺るぎない自信だけだ。
私は覚悟を決めてただ、首を振った。
どんな困難でも、皆で協力しあえばきっと乗り越えられる。
そうして、いつか皆でハッピーエンドを迎えるのだ。
そうなるべきだ。
そして、私たちは運命の丸の内第一ダンジョンへ向かった。
だから、なんで、いつもブックマークのお礼は薄暗いのでしょうか…
すごくありがたいって思ってるのに!!!
ちな、このギルド職員の女性は第一章で話題にちらっと出て来ている方です。
お詫び
活動報告に5000いったら短編集にSS載せますと書いてしまったせいで、5000行ったタイミングで見てくださった方が多くて申し訳なかったです。
アクセス解析見てさっき気がつきましたヽ(;▽;)ノ
もう、本当にごめんなさい。
次はおそらく300話記念SSですが、そっちは活動報告に載せると思いますので、今度はちゃんと時間を予告します。クリックの手間かけてすいません。




