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3S探索者の代理人短編集  作者: かんだ


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1/1

初恋

活動報告にあげれなくなちゃったので、本文に差し込もうかと思ったのですが、それもだめかもしれないのでこちらにアップしました。ごめんなさい!

 雨の日は嫌いだ。酷く腹立たしい記憶を蘇らせるからだ。


 その日は合格発表で、春の雨が降っていた。別に今時発表はネットで行われるのが当たり前だが、我が校は日本の最高学府ー合格に自信のある学生は、わざわざ見に行くし、学校側も分かっているので、あえて昔ながらのスタイルで紙で張り出すことをやめなかった。


 あの日は雨が降っていた。そして、あの男が傘も差さずに合格発表の紙の前に佇んでいた。


 美しい一服の掛け軸のようだった。

 


「夢か…」

 私はうっとおしい髪を掻き上げて窓の外を見た。雨が降っていた。雨音でおそらく記憶が刺激されたのだろう。

「むかつく」

 私は小さく呟いた。同室の低脳女に殴られたくないので、できるだけ小さな声でだ。

 窓には鉄格子が嵌っている。ありえないと思う。この私がこんな狭くて惨めな部屋に閉じ込められているなんて。


「野田、面会だ」

 ぶっきらぼうに看守が声をかける。

 やっと来たかと思った。もうとっくに来ててもいいはずなのに。まあ、アイツもきっと色々とマスコミやら何やらの相手で忙しかったのだろう。少しこらしめてやろう…私はそう心の中で嘯いて部屋から出た。

 


「佐代子」

 面会室にいたのはアイツではなく母だった。痩せて顔色も悪い。酷くみすぼらしい姿だった。上流階級のマダム然としていた面影はどこにもない。


「お母さん、どうしたの?その格好」

 と私が尋ねると、彼女は大きく眉を寄せた。

「開口一番がそれなの?心配して様子を見に来た母親に向かって」

「悪かったわよ。ちょっと驚いたから」

 私は慌てて言い繕う。ここで母の機嫌を損ねたら差し入れを届けてもらえなくなるからだ。けれども、そんな心配は杞憂だった。もっと酷い現実が待ち受けていたからだ。


「お父さん、会社辞めたのよ。私たち田舎に引っ越すの。だからここに来るのも、もうこれが最後になるわ」

 母の言葉が理解できず私はぽかんと口を開けた。父は会社の重役だったはずだ。

「な、なんで?」

 思わず漏れた言葉に母は深くため息をついた。

「殺人未遂の娘がいるような男が、重役なんてしてられるわけないじゃない」

 母の厳しい声に私はぐっと唇を噛み締める。


 確かに私の罪状は「殺人未遂」だ。証拠があまりにも揺るぎなさ過ぎて控訴も弁護士に止められた。でも、それは覆るはずだ。アイツがこのまま私を見捨てるはずがない。あの男は悔しいことに大変有能な弁護士だ。きっと私のことを弁護してくれるはずだ。被害者自ら弁護に立てば、きっと量刑も軽くなる。そう思っていた。

 

「薫に連絡をとって」

 私がそう言うと、母は大きく目を見開いた。


「薫に私が困ってるって言えば、きっと私のことを弁護してくれるわ。アイツ、私にベタ惚れだもの。他の女に見向きもしない。私が欲しいって言えばバカみたいな金額の指輪もほいほい渡してくる男よ。ねえ、お母さん。薫に、神崎薫に私の弁護をお願いして。国選弁護士なんて無能だもの。ちっとも役にたちゃしない。ねえ、おか…」

「黙りなさい!!」

 母はぶるぶると震えている。顔が真っ赤で目が血走っていた。きっと今まで薫が来ていないことに腹を立てているのだろう。


「ほんと、むかつくよね。アイツ、婚約者の危機だっていうのに今までほったらかしだよ。きっと拗ねてるんだよ。でもちょっと私が優しいことを言えばきっとすぐに…」

 

「佐代子」

 母は私の言葉を遮るように、私の名前を呼んだ。その声色は今まで聞いたことがないような冷たい声だった。

「あなた、あの人に自分が何をしたか覚えてないの?」

「それは…覚えているけど…」

 ほんの出来心だったのだ。


 薫は確かに顔がよくて弁護士で収入もあった。連れて歩いていると女がみな羨ましそうに私を見てくるのが堪らなかった。薫が私のことだけを好きで、他の女を袖にしたり、気持ちに気がつかなくてスルーしているのを見るのも痛快だった。


 でも、クソ真面目で融通が効かない。バカで愚かで退屈な男だ。

 だから、私をもっと楽しくさせてくれる男に言い寄られて、ちょっとそっちもいいかなと寄り道したのだ。それだけだ。別に薫のことを捨てたわけじゃない。


「アイツは私以外の女は興味ないのよ。私が困ってるって言ったらきっとバカみたいに飛んできて、私の弁護をするわ」

 私がそう言うと、母は沈鬱な顔で俯いた。それからカバンから一つの封筒を取り出した。


「なにこれ?」

 私は文面が理解できず何度も読み返した。

「婚約解消?は?アイツ何考えてるの?」

 私がそう呟くと母は深くため息をついた。

「自分を殺そうとした女と結婚できるわけないじゃない。当たり前のことよ。私たちはもちろん彼の申し入れを承諾したわ」

「何を勝手なことを!!」

 私は激昂して椅子から立ち上がったが、私と母の間にはアクリルの壁が聳え立っていた。


「神崎さんはきちんと挨拶にこられたわ。お父さんが解雇になったって聞いて飛んできてくれて、会社と交渉して自己都合での退職にしてもらえた。退職金もわずかながら支給されたわ。あなたは何一つ言ってこなかったけど、弟と妹の心配までしてくれて『もし、何か不当なことをされたら自分に相談してほしい』とまで言ってくれた」

 母の目尻に涙が浮かんだ。


「あんないい人はいなかったのに、あなたはあの人をあそこまで傷つけておいて、まだ利用しようとするなんて、信じられない。自分の娘がこんな、情けない…」

 母の泣き声を私は呆然と聞いていた。正直、彼女の言葉の意味が半分も理解できなかった。


 だって、薫が私を捨てるなんてありえない。

 だってアイツが言ったのだ。自分のことが好きだと。愛していると。

 あの男が、神崎薫が私の前に膝を折ったのだ。

 

 むかつくことにアイツは私より遥かに優秀で、老若男女あらゆる人種に好かれた。金持ちも貧乏人も、知識人も愚か者も皆アイツを誉めそやした。

 どれほど努力しても、どれほど良き人のフリをしても、アイツを超えることはできなかった。誰もが私を神崎薫の二番手として扱った。こんな屈辱は今までの人生で初めてだった。


 あのどうしようもなく美しく、愚かで、憎らしい男を何度刺し殺そうと思ったか分からない。

 あの日、薫が私に告白してくるまでは。

 

「うそでしょう」

 私は力なく呟いた。

「嘘じゃないわ。あの人はもうあなたの婚約者でも恋人でもない赤の他人。あなたは彼の加害者で彼は被害者。それに…」

 母の言葉の続きに私は嫌な予感がした。


「最後にうちにきた時に夕飯を一緒にって誘ったの。せめてそれくらいって。そしたらあの人見たことないくらい幸せそうに笑って言ったわ『家族が家で待ってるので、夕飯は家に帰って食べます』って」

「嘘よ!信じない!信じないわ!!」

 私は叫んで暴れた。看守が飛んできて私を抑える。母はそんな私の姿を冷めた目で見ていた。


「さよなら、佐代子」

 去っていく母の後ろ姿を呆然と見つめた。

 


 雨が降っていた。鬱陶しい雨が。


 結局私が何度手紙をだしても薫からの返事はなかった。刑が確定して20年の懲役となった。 女の一番いい時期を私はこの牢獄で過ごすのだ。ここから出た時にはもう50手前だ。人生になんの価値もない。鬱々とした時間だけが過ぎていった。

 


「そういえばさあ」

 同室のバカ女がヘラヘラと笑って私に話しかける。

「あんたの元彼、結婚するみたいよ。あ、違うか?婚約?婚約だってさ」

 女は低俗な雑誌を掲げて笑う。

「すごい、玉の輿だよ。お相手はSランク探索者の霧崎桜子だってさ。もう会見であっつあつでその場にいた記者はみんな顔色が変わったって」


 女の手から雑誌をひったくった。内容はどうでもいいゴシップだ。

 そんなバカな話があるか。あの男は私以外はダメなはずだ。私以外とは手も繋いだことがない。婚約なんてありえない。


「あ」

 写真があった。切り取られた一瞬。

「笑ってる」

 写真の中の薫は柔らかい笑みを浮かべて、女を見ていた。時々、加藤に向けていた笑顔だ。『家族』に対するものだ。

 

「あはは、泣いてやんの、ばっかみたい」

 女の声も気にならなかった。涙が溢れて止まらなかった。

 


 雨が降っている。


 4月の雨だ。入学式。桜がせっかく咲いているのに、結構な降り方だ。傘をもってきていなかったので、このまま駅まで走れば私のお気に入りのスーツは台無しだ。


「これ、どうぞ」

 側から折りたたみ傘が差し出された。きっと私の美貌に気がついて、点数を稼ぎたい愚かな男の仕業だろう。ここであっさり受け取ってはだめだ。遠慮して、でも私に結局傘を貸すようにもっていかなかれば…そう思って振り向いた。

「え?でも、あなたが濡れちゃう…」

 

 心臓が止まるかと思った。あの日の彼だ。合格発表の時にいた。


「あ、掛け軸の人」

「は?」

 彼が目を見開く。

「あ、ごめんなさい。合格発表の時傘もなしに立ってたでしょ。あの時、私あなたのこと掛け軸みたいだなって思ったの」

 彼はちょっと驚いた顔をしていたが、ぷはっと吹き出した。

「初めて言われたよ。そんなこと」

 笑うと少し幼くなるのだなと私は思った。


「一緒に入っていけばいいわ」

 私は彼の手から傘をとって差した。

「いや、それだと君も俺も濡れるだろ?」

「まあ、そうね。でも半分濡れないからいいじゃない」

「そうかな」

「そうよ」

 私は彼に傘に入れと促す。


「俺の傘なんだけど、なんだか偉そうだな」

「そうよ。私えらいんだもの。次席入学よ」

「へえ。そうなんだ」

「一番は誰だったのかしら。むかつくわね」

「ソウデスネ」

「まあ、いいわ。すぐに追い越してやるんだから」

「それは、楽しみ」

 ああ、雨が降っている。

 桜並木の中二人で傘を差して歩く…私と彼の姿はもうどこにもない。

 

 ※1 お母さんは恋人ができたと誤解してますが、この時点の家族は秋人のことです

 ※2 記者の顔色が変わったのは熱々だったからではなく、秋人と桜子を同時に敵に回してしまったからです

先週までブックマーク100記念で上げようとしていたのですが、500記念で変更しているうちに700超えてびっくりしてます。ありがたいことです。


しかし、お礼のSSがよりによって佐代子の話とか、お祝い感ゼロですね。

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