郷ニ
重たい空気が教室を包み込んでいた。
皆の視線がソラへ集まる中、アイネが静かに口を開く。
「……私は、彼らの会話を偶然聞いたんです」
その場にいた全員が耳を傾ける。
アイネは記憶を辿るように目を伏せた。
「『ソラはここにはいないのか?』」
「『もしかしたら、彼らが匿ってるのかも』」
その言葉を聞いた瞬間。
ソラの胸がざわついた。
アイネは続ける。
「でも、その会話を聞いていたことに気づかれました」
「そこから戦闘になって……規模が大きくなって……今回の事態に発展したんです」
教室に沈黙が落ちる。
ソラは俯いた。
自分を探している者。
そんな存在に心当たりなどない。
だが。
その考えを断ち切るように、アバンが口を開いた。
「ちなみに」
いつもの軽い調子とは違う。
静かな声だった。
「彼らの胸に刻まれていた国章は――王都クレアレスのものだったらしい」
その瞬間。
ソラの目が見開かれる。
「……っ!」
クレアレス。
その単語だけで、記憶が一気に脳裏へ蘇る。
学園。
街並み。
友人たち。
クレア。
自分が帰るはずだった場所。
他の生徒たちは状況が理解できていないようだった。
「え? クレアレスって……」
「なんで?」
困惑の声が上がる。
だが。
ソラと、アイネと、アバンだけは理解していた。
――クレアレスが、ソラを探している。
その意味を。
重苦しい空気の中。
突然、アバンがパンッと手を叩いた。
すると空気が切り替わる。
「さあ! みんなは街の修繕の手伝いをしてくれ!」
いつものニコニコした笑顔。
まるで今までの空気を吹き飛ばすかのようだった。
「フランネ、案内よろしく」
「承知しました」
秘書のフランネが一礼する。
生徒たちは戸惑いながら立ち上がった。
だが。
誰もがソラのことを気にしていた。
特にレアは、今にも何か言いたげな表情をしている。
それでも。
ソラが何も言わないのを見て、皆渋々部屋を後にした。
扉が閉まる。
教室に残されたのは、ソラ、アバン、アイネの三人だけだった。
静寂。
空気が重い。
しばらく沈黙が流れたあと。
アバンがニコニコしながら口を開く。
「さて、ソラ」
「どうするんだい?」
その問いは軽く見えて、重かった。
ソラは静かに顔を上げる。
そして真っ直ぐアバンを見た。
「俺がここに来た理由は……」
自分の手を見る。
ゆっくり握り込む。
「自分が何者なのかを知るためだった」
「そして、この力をどう使っていくかを知るためだった」
ソラの脳裏に、これまで出会ってきた人たちの顔が浮かぶ。
イナミ。
レア。
アイラ。
アバン。
アイネ。
イリーナ。
ノマ。
サーリャ。
そして、クレア。
「最初は……あんたらのこと、よく分からなかった」
「地下街の連中なんて危険だって思ってた」
「でも」
ソラは小さく息を吐く。
「王都にあんなことをしたあんたらにも、大事な人がいて、生活があって、生きてるんだって分かった」
アイネが静かに目を細める。
アバンは変わらず笑っていた。
「そう考えてるうちに……」
「ここも、俺の一つの帰る場所なんじゃないかって思った」
その言葉に、教室の空気が少しだけ柔らかくなる。
ソラは真っ直ぐ前を向いた。
「だから決めた」
「俺はまだ帰らない」
その瞳には迷いがなかった。
「まだ知らなきゃいけないことがある」
「やっと今、自分がどういう存在なのか……少し分かってきたところなんだ」
沈黙。
そして。
アバンがゆっくり頷いた。
「そうかそうか」
ニコニコと笑いながら。
だがその目は真剣だった。
「君がその選択をすることは分かってたよ」
そして、小さな声でぽつりと呟く。
「……これも世界式神辞書典のシナリオ通り」
「……え?」
ソラが聞き返す。
だがアバンはすぐに笑顔へ戻った。
「いや、なんでもない」
誤魔化すように肩をすくめる。
そして再びパンッと手を叩いた。
「じゃあ早速!」
アバンは楽しそうに笑う。
「君のお友達を探しにいくか!」




