家去
ソラたちはいつもより少し早く目を覚ました。
窓の外から差し込む朝日。
パークスで迎える最後の朝だった。
各自静かに身支度を整え、一階へ降りる。
テーブルには宿主が用意してくれた朝食が並んでいた。
焼き立てのパン。
温かいスープ。
香ばしい肉料理。
どれもここ数日で慣れ親しんだ味だ。
だが、今日は少し違う。
誰もがどこか寂しそうだった。
イナミですら静かにスープを飲み、アイラも箸を止める時間が多い。
レアは窓の外をぼんやり見つめていた。
ソラもまた、胸の奥に小さな空洞のような感覚を覚えていた。
七日間。
長いようで、一瞬だった。
朝食を終えると、それぞれ荷物をまとめ始める。
準備を終え、一階へ降りると宿主が待っていた。
「短い間でしたが、本当にありがとうございました」
ハバープルが頭を下げる。
宿主は優しく微笑んだ。
「こちらこそ、賑やかで楽しかったですよ」
そしてソラたちを見渡し、穏やかな声で続ける。
「皆さん、怪我だけは気をつけて帰ってくださいね」
その言葉に、生徒たちは静かに頷いた。
宿を出ると、朝の街の空気が頬を撫でる。
馬車の停留所へ向かって歩き始めると、あちこちから声が飛んできた。
「もう帰っちゃうのかー!」
「また来いよ!」
「気をつけてな!」
この七日間で仲良くなった店主たち。
街の人々。
子供たち。
誰もが笑顔で手を振ってくれている。
ソラたちも笑顔で応えながら進んだ。
そして馬車の前へ辿り着く。
そこにはマナスやロストたちの姿があった。
「本当に助かりました」
ハバープルが改めて礼を言う。
ロストは苦笑しながら肩をすくめた。
「いやいや、こちらこそだよ。君たちがいなかったら大変なことになってた」
マナスも静かに頷く。
「また会おう」
短い言葉だった。
だが、それだけで十分だった。
ソラたちは順番に馬車へ乗り込む。
ギシギシ、と木が軋む音。
席に腰を下ろした瞬間、ようやく現実感が戻ってくる。
あの濃密な七日間が、夢だったのではないかと思うほどだった。
ソラの隣には当然のようにイリーナが座っていた。
ソラは呆れたようにため息を吐く。
「……やっぱりついてくるのか」
するとイリーナは満面の笑みで答えた。
「当たり前でしょ! あなたが死ぬまで私は隣にいるからね!」
その発言にソラは即座にツッコむ。
「重っ。取り憑いた悪霊かよ」
「失礼ね!」
イリーナが頬を膨らませる。
そのやり取りに、馬車の中に小さな笑いが生まれた。
ヒヒーン!
馬の鳴き声と共に、馬車がゆっくり動き出す。
外ではロストたちが手を振っていた。
ソラたちも窓から顔を出し、手を振り返す。
アイラは今にも泣きそうな顔をしている。
イナミも目元を擦っていた。
そしてレア。
彼女もまた、少し寂しそうな顔を浮かべていた。
その表情を見て、ソラは思う。
――レアも、この七日間で少し変わったな。
最初は感情をほとんど表に出さなかった彼女が、今はこんな顔をする。
それが少し嬉しかった。
しんみりとした空気のまま、馬車は外門へ向かう。
だが――
「こんなしんみりした別れ、嫌だよな?」
突然、目の前にふわりとルルクスが現れた。
「うわっ!?」
生徒たちが驚く。
ルルクスは楽しそうに笑うと、指を鳴らした。
次の瞬間。
バシャアアアアッ!!
街中から大量の水が噴き上がった。
噴水のように空へ舞い上がる水。
キラキラと朝日に反射して輝く。
同時に、街中から人々が集まってくる。
「おーい!!」
「また来てくれよー!!」
「元気でなー!!」
馬車の周りは、一瞬で人だかりになった。
ソラたちは驚きながらも窓から顔を出す。
皆、笑っていた。
ルルクスが大きく息を吸い込む。
「せーのっ!」
その合図と同時に。
街中の人々が声を揃えた。
「ありがとーーー!!」
その声は空へ響き渡った。
気づけば、ソラたちの表情から寂しさは消えていた。
代わりにあるのは、清々しい笑顔。
パークスで過ごした七日間。
その全てが、確かにそこにあった。
――――――
一方その頃。
王都クレアレス。
雨が静かに降り続けていた。
薄暗い一室。
明かりはついていない。
その部屋の中で、一人の少女が椅子に座っていた。
机の上には淡く光る水晶。
「……フリッスにも存在は確認できませんでした」
水晶の向こうから声が響く。
「こちらへ攻撃を仕掛けてきたため臨戦体制に入りましたが、死傷者はゼロ。あちらも主要施設への被害のみで、人的被害はありません」
少女は静かに聞いていた。
そして小さく頷く。
「ご苦労様」
その瞬間、水晶の光が消えた。
部屋に静寂が戻る。
少女はゆっくり立ち上がり、窓へ歩み寄った。
雨粒が窓を伝って落ちていく。
その向こうに広がる灰色の王都。
少女は悲しそうに目を細めた。
そして、小さく呟く。
「ソラ……」
震える声。
「あなたは、一体どこにいるの……」
その少女の名は――
クレア・クレアレス。




