終捧
ソラの意識が、ゆっくりと浮上していく。
重かった瞼を開けると、ぼやけた視界の先に、誰かの顔があった。
「……ソラ……!」
聞き慣れた声。
焦りと安堵が入り混じったその声に、ソラはゆっくり瞬きをする。
目の前にいたのはイリーナだった。
いつもの余裕そうな笑みはなく、瞳は涙で潤んでいる。
ソラが体を起こそうとすると、イリーナが慌てて肩を支えた。
「無理しないでよ、ほんとに……!」
その声は少し震えていた。
ソラはぼんやりと周囲を見る。
そこには騎士団員たちが立っていた。
負傷していたはずのノマも、サーリャも無事に立っている。
血と焼け焦げた森の匂いが残る中、全員がソラの目覚めを見守っていた。
「間に合ってよかったよ」
穏やかな声と共に現れたのはルルクスだった。
白髪を揺らしながら歩み寄るその姿に、騎士団の何人かは思わず姿勢を正す。
ルルクスはソラを見て微笑んだ。
「イリーナがユウリを倒した直後、結界から君が出てきたんだ。そこから急いで蘇生術式を組んだ」
さらりと言っているが、その内容は異常だった。
「ノマ君とサーリャ君、それに重傷だった騎士たちの回復も同時進行でね。いやぁ、忙しかった」
ルルクスは肩をすくめる。
すると近くにいた騎士団員の一人が興奮したように言った。
「まるで女神が祝福を与えているようでした……!」
その言葉にソラは反射的にツッコむ。
「いや男だぞ」
その瞬間、騎士団の空気が妙な静寂に包まれた。
数人がルルクスとソラを交互に見比べる。
ルルクスは楽しそうに吹き出した。
「まだ慣れないかい?」
「慣れるか」
ソラが即答すると、張り詰めていた空気が少し和らぐ。
その後、ソラは改めてルルクスへ向き直った。
「……助けてくれて、ありがとうございました」
深く頭を下げる。
ノマもサーリャも続いて頭を下げた。
しかし、ルルクスの表情は少しだけ陰る。
「……全員を救えたわけじゃない」
その言葉に、場の空気が静かになる。
視線の先には、布をかけられた騎士団員たちの遺体が並んでいた。
「死亡してから時間が経ちすぎていた者は、どうしても戻せなかった」
誰も言葉を発さない。
だがルルクスは続けた。
「それでも、公爵級魔族二体。そして第五原初精霊との戦闘だ。ここまで死者を抑えられたのは奇跡に近い」
その声は優しかった。
「胸を張って国へ帰るといい。それが、命を懸けて戦った仲間たちへの手向けだ」
その言葉に、騎士団全員が静かに兜を脱いだ。
並べられた遺体の前へ進み、膝をつく。
誰かが静かに祈りを捧げる。
それに続くように、全員が目を閉じた。
ソラたちも、黙って手を合わせる。
森を吹き抜ける風だけが静かに響いていた。
――――――
都市へ戻ると、城門前には多くの人々が集まっていた。
先頭に立っていたのはフィス。
その後ろにはハバープル、ドミニク、イナミ、そして学園の生徒たちの姿もある。
ソラたちの姿が見えた瞬間。
「ソラ!!」
イナミたちが駆け出した。
ドミニクも安堵したように息を吐く。
ハバープルですら珍しく感情を表に出していた。
ソラがレアを見ると、彼女はいつもの冷静な表情ではなかった。
泣きそうなのを必死に堪えながら、それでも安心したように微笑んでいる。
その顔を見た瞬間。
ソラの脳裏に、旅立つ前のクレアの表情が重なった。
大切な人を送り出す側の、不安そうな顔。
帰ってきてほしいと願う顔。
ソラは少しだけ目を伏せた。
その後は、まさに怒涛だった。
王城へ戻り、戦闘内容の報告。
被害状況の確認。
魔族の情報整理。
ゲートに関する調査。
次々と会議が行われる。
そして夜。
戦死した騎士団員たちへの弔いが執り行われた。
王族も、貴族も、市民も。
立場を問わず全員が祈りを捧げた。
勇敢に戦い、国を守った者たちへ最大限の敬意が送られる。
静かな鐘の音が、一晩中パークスの街へ響いていた。
――そして、問題はまだ一つ残っていた。
魔界へと繋がるゲート。
ユウリが消えた後も、ゲートは閉じていなかった。
イリーナとルルクスの予測では、完全閉鎖まであと二日。
その間、ノマ、サーリャ、騎士団、そして二人の精霊による監視が続けられた。
幸いにも、現れたのは低級魔族ばかりだった。
初日のような絶望的存在は、もう現れない。
騎士団だけでも十分対処できる程度だった。
そうして。
慌ただしく、長かった数日が過ぎ――
ついに、ソラたちのパークス滞在最終日が訪れた。




