霊神
ソラの意識が、ゆっくりと浮上していく。
――暗い。
だが、不思議と恐怖はなかった。
自分が立っているのか、浮いているのかすらわからない。体の感覚がほとんど存在しない。ただ“意識だけ”がそこにあるような感覚だった。
視界だけが、ぼんやりと機能している。
ソラはゆっくり辺りを見回した。
そこには、ただ一人。
白い髪を揺らしながら静かに立つルルクスの姿があった。
「……起きたか」
穏やかな声。
ソラは声を出そうとする。しかし音にならない。
ルルクスはそれを理解しているように、小さく笑った。
「ここは“生と死の境界世界”。生者でもなく、死者でもない者だけが辿り着く場所だ」
ルルクスはゆっくりとソラへ近づく。
「本来なら、君はもう死んでいた」
その言葉に、ソラの胸が微かにざわつく。
「ユウリの死の結界は絶対だ。入った瞬間、生命は終わる」
ルルクスはソラの目を真っ直ぐ見た。
「だが私は“生”の精霊だ。君の死を止めている」
静かな声だった。
だが、その内容は重い。
「今の君は、生と死が均衡した状態にある。だから精神だけがここへ来ているんだ」
ソラは理解する。
自分はまだ生きてもいないし、完全に死んでもいない。
曖昧な境界に存在している。
「完全に蘇る方法は一つだけ」
ルルクスが指を立てる。
「ユウリを倒すことだ」
その瞬間、ソラの脳裏にイリーナの姿が浮かぶ。
だが、すぐに不安が押し寄せる。
あれほど強かったユウリ。
イリーナ一人で勝てるのか。
ソラが言葉にならない感情を浮かべると、ルルクスはふっと笑った。
「心配する必要はない」
そして、遠くを見るように目を細めた。
「感じないか?」
次の瞬間。
ドクン、と。
精神世界にまで届くほどの、とてつもない魔力が空間を揺らした。
ソラの目が見開かれる。
圧。
それだけでわかる。
今、現実世界で何が起きているのか。
ユウリが焦っている。
死の魔法を何度も放っている。
だが――通じていない。
一切。
圧倒的な実力差。
その魔力の中心にいる存在を感じ取った瞬間、ソラは息を呑んだ。
イリーナだった。
だが、いつもの姿ではない。
長かった髪は短くなり、中性的な輪郭が際立っている。
まるで神話に出てくる美少年。
その黄金の瞳は静かで、穏やかで、それでいて世界の全てを見透かしているようだった。
怒り狂っているはずなのに。
その顔には激情が存在しない。
ただ、静かな“終焉”だけがあった。
イリーナが指を軽く振る。
それだけ。
それだけで。
ソラが放った最終種級魔法の何十倍もの魔力密度を持つ光が世界を飲み込む。
空間が裂ける。
森が消える。
死の魔法すら光に呑まれて消滅していく。
ソラは絶句した。
これが、本当のイリーナ。
これほどまでに圧倒的な存在だったのか。
すると、ルルクスが静かに語り始める。
「各種族を作ったのは、“神”そのものじゃない」
ソラはルルクスを見る。
「神が作り出した“四神”と呼ばれる存在たちが、我々を生み出した」
その声には敬意すら混じっていた。
「人神、霊神、魔神、竜神」
空間に四つの光が浮かび上がる。
「君たち人間が信仰している神。それは“人神”のことだ」
ソラの思考が止まる。
「つまり、本当の神は――さらにその上にいる」
ルルクスは静かに続ける。
「そして、霊神。それが精霊たちの頂点」
ソラはイリーナを思い浮かべる。
だがルルクスは首を横に振った。
「……いや、正確には“二代目”だ」
空気が変わる。
「初代霊神は、神に背いた」
ルルクスの瞳が細くなる。
「その罪により四神の座を追放され、力を封印された」
ソラの背筋を冷たいものが走った。
まさか。
ルルクスはソラの考えを肯定するように微笑む。
「そう」
そして。
ゆっくりと、その名を口にした。
「その初代霊神こそが――光の精霊、イリーナ・アシュベル」
世界が震える。
ルルクスの声が静かに響いた。
「本当の名を」
一拍。
「原魔の四神」
さらに空気が重くなる。
「霊神――イクリナル・ウリエル」




