絶防
一方その少し前――。
サーリャ率いる騎士団第二軍隊は、さらに森の奥へと進んでいた。
夜の森は静まり返っている。風に揺れる木々の音だけが耳に残り、騎士たちは緊張した面持ちで周囲を警戒していた。
その時、一人の騎士がサーリャへ問いかける。
「サーリャ様……先ほどノマ様が向かわれた方にしか、魔族はいないのでは?」
しかしサーリャは首を横に振った。
「いや、違う」
赤い髪を揺らしながら、鋭い目で森の奥を見る。
「大っぴらに魔力を撒き散らしてるのはノマが向かった方だけ。だが――綺麗さっぱり魔力を消して潜んでる輩がいる」
その瞬間。
騎士団の前方に、黒い球体が現れた。
空間にぽっかりと浮かぶ異質な闇。周囲の光を吸い込むような、不気味な存在感だった。
騎士たちがざわつく。
サーリャは馬から降り、ゆっくりと球体へ近づいた。
そして、恐る恐るその表面へ触れる。
すると――。
ヌッ……と、腕が闇の中へ沈み込んだ。
「……中があるな」
サーリャは後ろを振り返る。
「この中に入る。危険があるかもしれない」
騎士たちの表情に迷いが浮かぶ。
当然だ。得体の知れない空間へ飛び込むなど、恐怖以外の何物でもない。
それを見たサーリャは、少しだけ笑った。
「だが安心しろ」
そして堂々と言い放つ。
「――私がいる限り、死人は出させない」
その言葉だけで、騎士たちの不安が薄れていく。
「……了解しました!」
「サーリャ様に続け!」
サーリャを先頭に、全員が黒い球体の中へと入っていった。
中は完全な闇だった。
上下左右の感覚すら曖昧になる。
見えるのは騎士団とサーリャの姿だけ。
「なんだ……ここは……」
騎士の声が響いた瞬間。
――パリン。
ガラスが割れるような音が鳴る。
次の瞬間、黒い空間が崩壊した。
目の前に現れたのは――ノマだった。
「サーリャ」
優しい笑みを浮かべながら歩み寄る。
「ここの魔物は、この黒い球体そのものだったんだ。俺が倒したからもう問題ない。魔族の気配も感じない」
そして穏やかに続ける。
「さあ、城へ帰ろう」
しかし、その言葉を聞いたサーリャは。
一瞬だけ無言になり――。
次の瞬間、大声で叫んだ。
「偽物なら――もっとマシなノマを見せろや!!」
その瞬間。
サーリャ以外の景色全てにノイズが走った。
騎士団の姿も、森も、空も。
全てがブレ始める。
そして――。
パリンッ!!
世界そのものが砕け散った。
崩れた空間の先にあったのは、森の奥にひっそりと佇む古びた神社。
その鳥居の前に、一体の魔族が立っていた。
人型。
黒い翼。
そして不気味な笑み。
魔族は驚愕した表情を浮かべていた。
それを見て、サーリャはニヤリと笑う。
「その表情の理由、教えてやろうか?」
サーリャの周囲に、淡い光の壁が何重にも展開される。
「私の固有魔術式――『設色防壁』」
空気が震える。
「多種多様な性質を持つ防御壁を展開する魔術だ」
指を鳴らす。
「今の私は、“全属性耐性”“物理攻撃耐性”“精神攻撃耐性”“不発魔術耐性”……その他諸々で覆われている」
そして、魔族を睨みつけた。
「今回発動したのは精神攻撃耐性。つまり、お前が私に見せたノマは幻影」
口角を上げる。
「――幻想魔法使い、だろ?」
魔族の顔から余裕が消えた。
次の瞬間。
さらに強力な幻影魔法を叩き込む。
景色が歪む。
空間が揺れる。
しかし――。
サーリャは一歩も動かなかった。
「効かねぇよ」
魔族が舌打ちする。
すると今度は手をかざし、目の前に騎士団数名を出現させた。
「ッ!?」
サーリャが目を見開く。
その騎士たちは剣を構え、突然仲間へ襲いかかった。
「やめろ!!」
叫んでも反応はない。
完全に幻影に操られている。
サーリャは仲間を手にかけられない。
魔族がニタァ……と笑った。
だが。
「甘い」
瞬間、サーリャが防御壁を展開。
騎士たちを包み込む。
すると次の瞬間、騎士たちの目から光が戻った。
「……え?」
「俺たちは……?」
幻影が解除されたのだ。
魔族の顔が引きつる。
そして今度は。
騎士たちに“自害”の幻影を見せた。
剣が自らの首へ向かう。
血が飛び散る。
騎士たちが次々と倒れていく。
サーリャの顔に血が飛んだ。
騎士たちが地面へ崩れ落ちる。
しかしサーリャは、静かに言った。
「言っただろ」
足元に巨大な魔法陣が展開される。
「――死人は出さないってな」
防御壁が騎士たちを包み込む。
そして。
止まっていた心臓が再び動き始めた。
騎士たちが息を吹き返す。
「なっ……!?」
魔族が後ずさる。
「今のは“耐死防壁”」
サーリャはゆっくり歩き出す。
「死そのものを拒絶する壁だ」
魔族の顔が恐怖に染まる。
その瞬間。
サーリャが指を振った。
魔族の周囲に、透明な壁が展開される。
「これは――『耐魔族防壁』」
魔族が絶叫する。
体が崩れ始めた。
灰となり、ボロボロと消えていく。
「が、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
断末魔と共に、魔族は完全に灰となって消滅した。
静寂。
風だけが神社を吹き抜ける。
サーリャは髪をかき上げながら、小さくため息を吐いた。
「ったく……めんどくさい相手だったな」




