強者
紫色の光線が消え去り、場に静寂が訪れる。
しかし、その空気はほんの一瞬だった。
フィス王は即座に立ち上がる。
「サリーャ、ノマ」
低く鋭い声。
「騎士団を緊急招集。あの魔物を最優先で討伐せよ」
「承知しました」
「了解」
二人は即座に一礼し、部屋を後にする。
それを皮切りに、ロストやマナス、その他の上層部も慌ただしく立ち上がった。
「調査隊を向かわせろ!」
「周辺住民の避難確認を急げ!」
怒号と足音。
重苦しい緊張感が部屋を満たす。
やがて。
広い会議室には、ソラ、イリーナ、そしてフィス王だけが残された。
フィスは静かに二人へ向き直る。
そして。
国王自ら、頭を下げた。
「どうか」
その声には王としてではなく、一人の人間としての願いが込められていた。
「この王国を、民を守るため、お力を貸していただけないでしょうか」
ソラは目を見開く。
国王がここまで頭を下げる。
それほどの事態なのだと理解した。
だが。
イリーナは頬をかきながら言った。
「んー、私に決定権はないわよ?」
「え……?」
「だって今、ソラについて行ってるんだもの」
フィスの視線がソラへ向く。
突然向けられた真剣な眼差し。
ソラは一瞬戸惑う。
だが隣を見る。
イリーナが静かにこちらを見ていた。
ソラは小さく息を吸い――頷いた。
「……わかりました」
フィスの表情が少し和らぐ。
「感謝する」
そして。
「ソラ君にはノマと同部隊で戦闘に参加してもらう」
⸻
城門前。
そこには既に大量の騎士団が集結していた。
白銀の甲冑。
抜き放たれた剣。
空気は張り詰めている。
そして、その中央。
仁王立ちしていたのは――ノマだった。
(……すごい)
ソラは思わず息を呑む。
魔力は感じない。
なのに。
圧倒的な“強者”の気配だけが存在していた。
騎士たちの視線を抜け、ソラはノマの元へ向かう。
「よろしくお願いします」
ソラが頭を下げる。
すると。
ノマの怖い顔が少し緩んだ。
「大丈夫」
その声は驚くほど穏やかだった。
「君のことは、我々が命をかけてでも守る」
そして真っ直ぐソラを見る。
「心配しなくていい」
不思議だった。
普通なら。
そんな言葉をかけられても不安は残る。
だが。
ノマに言われると、本当に大丈夫だと思えてしまう。
不安が、綺麗に消えていった。
⸻
都市には避難命令が出された。
中央区。
王城周辺。
市民たちが急いで移動している。
ソラが移動中、ふと視線を向けると。
レア。
イナミ。
ドミニクたちの姿が見えた。
だが彼らは避難誘導で必死だった。
こちらには気づいていない。
ソラは少しだけ立ち止まりかけ――
そのまま前を向いた。
⸻
都市を抜け、森へ入る。
進むほどに魔力密度が増していく。
空気が重い。
肌が粟立つ。
すると。
ギィッ!!
小型の魔族が数匹飛び出してきた。
だが。
ノマが前へ出る。
剣閃。
一瞬。
それだけで数体が消し飛ぶ。
騎士団も続き、残党を薙ぎ払う。
取りこぼしをソラとイリーナが処理した。
そして。
森が開ける。
そこに広がっていた光景に、誰もが息を呑んだ。
木々が――ない。
見渡す限り更地。
破壊され尽くした森。
その中央に。
一人。
立っていた。
黒い魔力。
人型。
少女のような姿。
だが背中には悪魔の羽。
頭には小さな角のようなもの。
「……人間?」
誰かが呟く。
イリーナが目を細めた。
「ウィパルか」
そして小さく舌打ちする。
「ちょっと厄介ね」
ソラが聞き返そうとした。
その瞬間。
「――ッ!?」
消えた。
いや。
違う。
速すぎた。
気づけば。
ウィパルは騎士団の目の前に立っていた。
片手を振る。
瞬間。
地面から無数の水柱が噴き上がる。
ズドドドドドドドッ!!!!
硬い甲冑を。
まるで紙のように貫通。
柱が消える。
そして。
騎士たちが次々と崩れ落ちた。
「な……」
ソラの背筋が凍る。
一瞬だった。
たった一撃で。
数十人。
命が消えた。
騎士団が後退る。
ウィパルは後方へ飛び上がる。
そして空へ手をかざした。
詠唱。
だが――速すぎる。
次の瞬間。
空が埋め尽くされた。
槍。
剣。
斧。
矢。
水で形成された無数の武器。
天を覆うほどの数。
ウィパルが笑う。
そして。
手を振り下ろした。
武器の豪雨。
発動まで、わずか〇・一秒。
(速すぎる……!!)
ソラは認識すら追いつかない。
式眼を発動する暇もない。
何より。
魔力練度が違いすぎる。
(魔法が……通るのか……!?)
そして。
武器の雨が地上へ降り注ぐ。
爆音。
砂煙。
轟音。
大地が揺れた。
⸻
静まり返る。
ウィパルは空中から地上を見下ろし、笑った。
だが。
その瞬間。
背後に気配。
振り向く。
そこにいたのは――ノマ。
ウィパルが即座に攻撃。
だが。
ノマは空中でそれを回避。
地面へ着地。
ウィパルが目を見開く。
視線を前へ戻す。
すると。
ソラたちが無傷で立っていた。
「……え?」
ウィパルの顔から笑みが消える。
騎士団も困惑していた。
そんな中。
イリーナが感心したように呟く。
「なるほどね」
ソラが振り向く。
「ウィパルが詠唱から発動までに使った時間は〇・一秒」
イリーナは続ける。
「でも実際に武器が着弾するまでなんて、さらに短い。〇・〇二秒程度」
ソラの顔が引きつる。
「その間に――」
イリーナが笑う。
「ノマは一人で全部斬った」
「……は?」
理解が追いつかない。
数千の武器。
それを。
たった一人で。
〇・〇二秒の間に。
全て。
薙ぎ払った。
もはや神業だった。
⸻
ウィパルが怒りの表情でノマへ手をかざす。
だが。
そこで異変に気づいた。
自分の腕。
肘から先が――ない。
切断されていた。
「……ッ!?」
ノマの手には。
切り落とされたウィパルの腕。
それを無言で持ち上げていた。
ウィパルの笑みが完全に消える。
怒り。
殺意。
黒い魔力が膨れ上がる。
対して。
今まで感情のなかったノマの口元が。
ゆっくりと。
笑みを浮かべた。




