来訪
ルルクスが、ふっと指を鳴らす。
その瞬間だった。
豪華だった部屋の景色が、音もなく崩れ始める。
机も。
椅子も。
天井のシャンデリアも。
すべてが光の粒子となって空中へ溶けていった。
「……っ」
アイラが目を見開く。
数秒後。
気づけば、ソラたちは元いた神殿の中へ戻っていた。
崩れかけた白い柱。
侵食するツタ。
薄暗い空間。
さっきまでの空間が夢だったかのように感じる。
ルルクスは軽く背伸びをした。
「いやぁ、久しぶりに人間と話せて楽しかったよ」
穏やかな笑み。
イリーナが肩をすくめる。
「あんた、話し相手いなさすぎなのよ」
「精霊って基本引きこもりだからね」
ルルクスは悪びれもなく笑った。
そしてイリーナへ視線を向ける。
「じゃあね、イリーナ」
「外の世界、楽しんできなよ」
イリーナも小さく手を振る。
「そっちこそ、久しぶりの現世楽しみなさいよね」
「はいはい」
軽いやり取り。
だが、その空気には長い付き合いを感じさせるものがあった。
ソラたちが神殿を後にしようとした時。
「――ソラ」
ルルクスの声。
ソラが振り返る。
ルルクスは静かに微笑んでいた。
どこか意味深で。
だが、優しい笑み。
「また会おう」
その言葉に。
ソラはなぜか、“これが最後ではない”と自然に思った。
だから短く返す。
「……ええ」
それだけ言って、洞窟を後にした。
⸻
パークスへ戻る頃には、空が赤く染まり始めていた。
水路に夕日が反射し、街全体が黄金色に輝いている。
だが。
街の空気は、どこか騒がしかった。
「……なんか人多くない?」
イナミが眉をひそめる。
城門の入り口付近に、人だかりができていた。
騎士団。
市民。
そしてハバープルたち教師陣。
何かを囲むように集まっている。
ソラたちも近づく。
そして。
その“中心”を見た瞬間、全員が言葉を失った。
「……なんだ、これ」
地面に横たわっていたのは。
白い、不気味な生物。
人型に近い。
だが明らかに人間ではない。
皮膚はぬめるように白く、表面はぷにぷにと柔らかそうに歪んでいる。
顔の輪郭も曖昧で、目だけが異様に黒かった。
見ているだけで嫌悪感を覚える姿。
周囲の生徒たちもざわついている。
マナスが前へ出た。
「ロストさん、これは……?」
ロストは険しい表情を浮かべる。
「君たちが精霊の巣窟へ向かってから間もなくです」
静かに話し始めた。
「街の外で、異常な魔力反応を感知しました」
「騎士団と共に城門へ向かったところ――」
その死体を見る。
「こいつが襲撃してきたんです」
空気が重くなる。
「街への大きな被害はありません」
「死者も出ていない」
その言葉に少し安心する。
だが。
「……騎士団と市民に負傷者が複数名出ました」
その場の表情が引き締まる。
ロストは続けた。
「闇魔法を使用していました」
「戦闘能力は……タペスト換算でB級相当」
イナミが息を呑む。
「B級……」
決して弱くない。
むしろ街中に現れるには危険すぎる存在だ。
その時だった。
後ろから、イリーナがひょこっと顔を出す。
そして。
まるで当然のように言った。
「これ、魔族だよ?」
――沈黙。
全員の思考が止まる。
「……は?」
ドミニクが固まる。
マナスもロストも目を見開いた。
魔族。
ついさっき、ルルクスから聞いたばかりの存在。
魔界という別次元に住む種族。
特殊なゲートを通らなければ、こちらの世界へ来ることはできないはず。
ロストが低く呟く。
「なぜ……ここに……?」
マナスも考え込む。
「ゲート反応なんて観測されていない……」
空気が一気に緊迫する。
ロストは数秒考え込み――
やがて決断した。
「……この件は国家規模で共有します」
「騎士団と共に死体を回収し、緊急討論会を開きます」
周囲がざわつく。
ロストはイリーナを見る。
「精霊であるあなたなら、何かわかるかもしれない」
「ぜひ同席をお願いしたい」
イリーナは「んー」と悩み。
そしてソラを指差した。
「それならソラも一緒ね」
「近くにいないと、私、姿維持できなくなるし」
ロストは納得したように頷く。
「わかりました」
そしてハバープルへ視線を向ける。
「生徒である以上、本来なら難しいですが……」
ハバープルは少し考え。
「ソラなら問題ありません」
そう答えた。
「詳細な時刻は後ほど通達します」
「それまでは、自由行動で構いません」
空気は重い。
だが、いつまでも立ち止まってはいられない。
イナミが小さく息を吐いた。
「……なんか、一気にヤバい話になってきたな」
誰も否定できなかった。
水城都市パークス。
その美しい街並みの裏側で。
確実に、“何か”が動き始めていた。




