原初
ルルクスは静かにグラスを置いた。
澄んだ音が、部屋に小さく響く。
全員の視線が自然と集まる。
「さて――精霊について話す前に、まず知っておいてほしいことがある」
その声は穏やかだった。
だが、不思議と耳に残る。
「この世界に存在する主な種族についてだ」
ルルクスは指を軽く立てる。
「まず、君たち“人間族”」
ソラたちを見る。
「人口は最大。世界の領地の大半を支配しているのも人間だ」
イナミが「まあそれは知ってる」と頷く。
ルルクスは続けた。
「次に“魔族”」
その瞬間、少し空気が変わる。
「魔族はこの世界とは別の空間――“魔界”に存在している」
「別空間……?」
ドミニクが眉をひそめた。
「特殊なゲートを介することで行き来が可能になる。ただし、簡単ではない」
ルルクスは淡々と話す。
「そして“妖精族”」
「世界最北端、“グングニル大森林”に生息している」
「彼らは滅多に森の外へ出ない。閉鎖的な種族だ」
アイラが「妖精ってほんとにいるんだ……」と呟く。
「いるよ」
ルルクスは普通に返した。
「次に“エルフ族”と“ドワーフ族”」
「この二種族は人間族と共生している」
「いくつかの国では普通に人間と暮らしているよ」
そこまでは、まだ理解できる話だった。
だが。
ルルクスは少しだけ間を置く。
そして。
「最後に――“精霊族”」
空気が変わった。
イリーナも静かに座り直す。
「精霊族は、この世界ができる前――」
「“創世の時代”から存在している」
ソラたちが目を見開く。
「世界構築を手伝っていた種族」
「つまり、この世界で最初に存在した種族でもある」
マナスが息を呑む。
研究者として聞き逃せない話だった。
ルルクスは静かに続けた。
「その中でも、“第五原初聖霊”と呼ばれる存在がいる」
「世界式の根源となった五属性の精霊だ」
指を一本ずつ立てる。
「光」
イリーナを見る。
「闇」
「生」
自分を指す。
「死」
「神」
その瞬間。
空気がわずかに重くなった。
「イリーナが“光”」
「そして僕が“生”だ」
イナミが「へぇ……」と感心したように漏らす。
だが次の瞬間。
「で、結局どれが一番強いんだ?」
あまりにもイナミらしい質問だった。
ドミニクが「お前絶対それ聞くと思った」と呆れる。
ルルクスとイリーナが顔を見合わせる。
少し考えて――
二人同時に答えた。
「“神”」
即答だった。
ソラは(まあ名前的にそうだろうな……)と思いながら聞く。
「なんでそこまで別格なんだ?」
するとイリーナが真面目な顔になる。
「神の精霊は、そもそも“精霊そのもの”を生み出した存在なの」
「精霊族の頂点」
「絶対的な支配者よ」
その言葉には、普段の軽さがなかった。
ルルクスも静かに頷く。
「ただし」
「第五原初聖霊同士が純粋に戦えばどうなるかはわからない」
「単純な強弱では測れないからね」
ソラは腕を組む。
(それでも“神”だけは別格……か)
するとルルクスが続けた。
「神の精霊が他と決定的に違う点」
その目が細くなる。
「それは、“神そのもの”と面識があることだ」
――沈黙。
その場の全員が固まった。
「……は?」
イナミが間の抜けた声を出す。
マナスは目を見開いたまま動かない。
神。
それは今まで宗教や伝承の中だけの存在だった。
人々が祈り、崇めるもの。
だが今。
目の前の精霊が、その存在を当然のように肯定した。
マナスが耐えきれず立ち上がる。
「か、神は……本当に存在するのか……!?」
研究者としての理性より先に、感情が出ていた。
ルルクスは不思議そうに首を傾げる。
「存在するよ?」
あまりにも当然のように言った。
「この世界の神は、“世界式”を作った」
「精霊を作り」
「そして、人間を作った」
その言葉の重みで、空気が静まり返る。
ルルクスはグラスを揺らしながら続けた。
「ただ――」
「“それ”が今どこにいるのかは、僕たちにもわからない」
「そもそも、この世界だけを作った存在とも思えない」
「もっと多くの世界を生み出している可能性もある」
ソラは黙って聞いていた。
ルルクスの声は静かだったが、妙な説得力があった。
「そして」
「“それ”と直接会話できる存在は、この世に存在しない」
そう言ったあと。
ルルクスはふっと笑う。
「……たぶんね」
その言葉に、ソラが目を細める。
「たぶん?」
ルルクスは視線を窓の外へ向けた。
どこか遠くを見るような目。
「何事にも例外は存在する」
「“それ”と共に世界を監視している存在がいたとしても、不思議じゃない」
その表情は。
まるで全てを知っているようで。
同時に、何かを隠しているようでもあった。
部屋の中に、静かな緊張が広がる。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。




