竜断
マナスは、息を殺したまま思考を巡らせていた。
前方には、SS級タペスト――アルファザード。
人里に現れるはずのない、隔絶された竜種。
真正面から戦えば、まず無事では済まない。
だが、戻るという選択肢もない。
この洞窟は一本道に近い構造だった。
引き返しても合流できる保証はない。
別ルートに落ちたソラたちと合流できなければ、出口すら見えない。
ここで立ち止まれば――詰みだ。
「……」
マナスは歯を食いしばる。
自分一人なら、まだいい。
だが、ここにいるのは学生だ。
まだ成長途中の子供たち。
彼らを、こんな場所で危険に晒すわけにはいかない。
そう考え、判断が鈍る。
その時だった。
「先に進みましょう」
静かな声が、空気を裂いた。
マナスが目を見開く。
言ったのは――レアだった。
「……何?」
思わず聞き返す。
イナミも、ドミニクも目を見張る。
「いや待て、先って……」
イナミが引きつった声を出す。
「先にいるの、アルファザードだぞ?」
ドミニクも珍しく強く言った。
「隠れて進めるような空間じゃない」
「見つかれば終わりだ」
だが、レアは一切表情を変えなかった。
そのまま、静かに言う。
「なら――戦う」
空気が止まる。
マナスの目が、わずかに揺れる。
レアはミミを胸元に抱き寄せた。
小さな体を、ぎゅっと。
その腕は細い。
まだ、幼さすら残る。
それでも、視線は一切揺れていなかった。
「戻っても何もない」
「なら、進むしかありません」
淡々と。
だが、その言葉には、確かな決意があった。
イナミが息を呑む。
ドミニクも、何も言えない。
今まで見たことのないレアの顔だった。
無感情ではない。
無関心でもない。
恐れていないわけじゃない。
それでも、進むと決めた顔だった。
マナスは、その手を見る。
レアの指先は――小さく震えていた。
怖くないわけがない。
当たり前だ。
相手はSS級。
一歩間違えば死ぬ。
それでも、この子は前を向いている。
「……っ」
マナスは目を伏せ、短く息を吐いた。
(子供が、ここまで腹を括っている)
なら。
大人が、退くわけにはいかない。
マナスは顔を上げた。
「……分かりました」
低く言う。
「やりましょう」
イナミが目を見開く。
ドミニクも息を止める。
マナスは続けた。
「大人の意地を見せます」
その一言で、空気が変わった。
イナミが口元を吊り上げる。
「……はっ」
短く笑う。
「そうこなくっちゃな」
ドミニクも静かに頷いた。
「やるしかないなら、やる」
四人はその場で円を組む。
小声で、素早く作戦を立てる。
マナスが低く言った。
「アルファザードは氷属性の竜種です」
「弱点は炎」
短く、的確に。
「レアさんの“結界拡張”で火力を底上げします」
レアが頷く。
「可能です」
「私が支援します」
「イナミ君、ドミニク君は前後から火属性一種級を同時展開」
「私は二種級で挟みます」
イナミが眉をひそめる。
「火属性、ぶっつけだぞ」
「やるしかないでしょう」
ドミニクが返す。
マナスは静かに言う。
「私もアルファザードは初遭遇です」
「成功する保証はありません」
「ですが――」
視線を前へ向ける。
「やるしかない」
全員が頷いた。
覚悟は決まった。
⸻
先に動いたのは、マナスだった。
「行きます」
小さく告げると同時に、大空洞へ飛び出す。
足音が、静寂を裂く。
アルファザードの瞳が開く。
青い竜眼が、侵入者を捉えた。
次の瞬間――
「グルルルルル……!」
低く、地を震わせる唸り。
巨大な身体が起き上がる。
それだけで空気が重くなる。
アルファザードが、マナスへ向けて巨体を動かした。
「――来い!」
マナスが走る。
アルファザードが追う。
巨体とは思えない速度。
地面が揺れる。
その背後へ――
レアが立った。
「――展開」
足元に魔法陣。
巨大な円陣が一気に広がる。
「固有魔術式」
「結界拡張」
空間が光に包まれる。
大空洞全体に、緻密な魔法陣が展開された。
身体が軽くなる。
魔力が増幅される。
その後ろに――
イナミ。
ドミニク。
並び立つ。
「いくぞ!」
「合わせろ!」
二人が同時に手を掲げる。
火属性一種級魔法、展開。
赤熱する魔法陣が浮かび上がる。
アルファザードが気づき、振り返る。
その瞬間。
マナスもまた、足を止めた。
「二種級火属性――!」
後方に展開。
三方向。
前後から、火炎の魔法陣が竜を挟み込む。
「撃て!!」
三人同時。
轟音。
火炎が、奔流となって放たれた。
アルファザードを挟み込むように直撃する。
爆ぜる。
炎が、空洞を染める。
熱風が吹き荒れる。
青い鱗を、赤熱が包み込む。
轟音。
衝撃。
爆煙。
竜の姿が、煙に呑まれる。
「……やったか」
マナスが息を呑む。
だが――
煙の奥で。
何かが動いた。
「――っ」
次の瞬間。
煙を突き破って、巨影が飛び出した。
アルファザード。
生きていた。
全身の鱗は焼け焦げ、所々剥がれ落ちている。
血が流れていた。
だが、その代償と引き換えに――
次の一撃を通すため、突っ込んできた。
狙いは、レア。
「――!」
レアの目が見開く。
反応が、一瞬遅れる。
アルファザードの爪が振り下ろされる。
あと数十センチ。
その鋭爪が、レアの顔を裂こうとした――
瞬間。
爆音。
上空から、緑の炎が落ちた。
轟
斜めに閃いた緑炎が、アルファザードの腕を斬り落とす。
「――ギャアアアアアアッ!!」
絶叫。
巨腕が宙を舞う。
血飛沫が散る。
全員が目を見開く。
アルファザードの巨体がよろめく。
その上。
空中から、ひらりと降り立つ影。
緑色の炎を纏う剣。
その刀身を片手に、静かに着地する。
ソラだった。




