分断
洞窟の入口は、想像以上に不安定だった。
ソラが先頭で足を踏み入れ、その後ろにアイラ、イリーナ、イナミ、レア、マナス、そして最後尾にドミニクが続く。
ひんやりとした空気。
湿った土の匂い。
足元は岩肌と根が入り混じり、想像以上に滑りやすい。
「足元気をつけろよー」
イナミが軽く言った、その直後だった。
「――っ」
最後尾から、短い声。
ドミニクの足が滑った。
「うおっ!?」
体勢が崩れる。
咄嗟に前のイナミの服を掴む。
「うわっ!?」
イナミが巻き込まれる。
そのまま前方へ。
「ちょ、待っ――」
「きゃっ!?」
「……っ」
一人、また一人とバランスを崩し。
次の瞬間――
全員まとめて、足場ごと崩れ落ちた。
「うわあああああああっ!!」
暗闇。
浮遊感。
視界が一気に反転する。
土と石が一緒に落ちていく。
何が上か下かも分からない。
そして――
ドサッ!!
鈍い衝撃。
背中に痛みが走る。
「……っ、ぐ」
ソラは顔をしかめながら身体を起こした。
土埃が舞っている。
頭上からぱらぱらと砂が落ちてきた。
「……全員、無事か」
声を上げる。
返ってきたのは――
「いたた……」
アイラ。
「もー!最悪!」
イリーナ。
その二人の声だけだった。
ソラは眉をひそめる。
「……イナミ?」
返事がない。
「ドミニク」
沈黙。
「レア」
静かだ。
「マナスさん!」
やはり返答はない。
ソラはすぐに周囲を見回した。
暗い。
だが、三人以外の気配がない。
「……分断されたか」
小さく呟く。
上を見る。
頭上遥か高く、ぽっかりと穴が見えた。
あそこから落ちてきたのだろう。
だが――
「高すぎるな」
到底届く距離じゃない。
アイラが不安そうに言う。
「ど、どうするの……?」
ソラは短く息を吐いた。
「進むしかない」
「別ルートで合流できる可能性はある」
イリーナも腕を組みながら頷く。
「まあ、戻れないなら行くしかないわね」
そうして三人は、洞窟の奥へと進み始めた。
⸻
洞窟の中は静かだった。
水滴の音だけが、ぽたり、ぽたりと響く。
壁には微かに青白く光る苔が張り付いており、最低限の視界だけは確保できる。
「なんか……不気味ね」
アイラが小声で言う。
「静かすぎる……」
ソラも同感だった。
静かすぎる。
生き物の気配が、妙に薄い。
だが――
「……待て」
ソラが足を止めた。
前方。
微かに声がする。
ざわざわと。
複数。
アイラが顔を上げる。
「え、誰かいる?」
少し表情が明るくなる。
「みんなかも!」
そのまま駆け出そうとする。
「待――」
ソラが止めるより早く、アイラは走り出した。
声の先。
暗闇の向こう。
ぼんやりと光が見える。
「いた――!」
アイラの声が止まった。
次の瞬間。
「げっ」
短い悲鳴。
ソラとイリーナも駆ける。
視界が開ける。
そこにいたのは――
緑色の肌。
小柄な体。
歪んだ顔。
黄色い牙。
ゴブリンだった。
「ギィッ!!」
複数。
十はいる。
洞窟の奥に群れていた。
アイラは腰を抜かし、その場にへたり込む。
「ちょ、無理無理無理!!」
ゴブリンたちが一斉に叫ぶ。
「ギャアアアア!!」
突撃。
ソラが前へ出る。
だが、その前に――
「遅い!」
イリーナが一歩前へ出た。
指先を軽く上げる。
「光よ、穿て」
次の瞬間。
一直線の光が放たれた。
眩い閃光。
光線が先頭のゴブリンの胸を正確に撃ち抜く。
「ギャッ――」
一撃。
ゴブリンが吹き飛び、その場に倒れる。
ソラが目を細める。
(光魔法……)
イリーナは鼻を鳴らす。
「私は光の精霊よ?」
「これくらい当然」
他のゴブリンが一瞬怯む。
その一瞬を、ソラは逃さなかった。
「――雷撃」
掌を前へ。
二種級雷魔法。
雷光が走る。
バチィッ!!
洞窟内を青白い雷が駆け抜ける。
「ギャアアアッ!!」
二体。
三体。
まとめて焼き倒す。
残りのゴブリンたちが一斉に怯んだ。
「ギ、ギィ……!」
後ずさる。
ソラは冷たく言う。
「逃がすな」
追撃。
氷弾、雷、光。
連続で叩き込む。
ゴブリンたちは次々に倒れ――
残った数体は悲鳴を上げながら奥へ逃げていった。
静寂。
焦げた臭いが漂う。
アイラがへたり込んだまま息を吐く。
「し、死ぬかと思った……」
イリーナは肩をすくめる。
「これで分かったでしょ」
「ここ、普通に魔物いるわよ」
ソラは周囲を見回した。
「……ああ」
短く頷く。
「しかもゴブリン程度でこれだ」
「この先、もっと強いのがいてもおかしくない」
アイラが顔を青くする。
「やだなあ……」
ソラは前を見た。
「細心の注意で進むぞ」
⸻
その頃。
別ルートへ落ちたイナミたちもまた、洞窟を進んでいた。
イナミ。
ドミニク。
レア。
マナス。
こちらの道は妙に静かだった。
魔物の気配はない。
むしろ静かすぎるほどに。
「逆に怖いんだけど……」
イナミが小声で呟く。
マナスが先頭を歩く。
慎重に。
一歩ずつ。
足音を殺しながら進む。
「不用意に声を出さないでください」
低い声。
その表情は真剣そのものだった。
しばらく進むと。
前方が開けた。
大空洞。
「……止まってください」
マナスが手を上げる。
一人で壁際へ寄る。
足音を消し、慎重に中を覗き込む。
その瞬間。
マナスの背筋が、凍りついた。
「……っ」
息が止まる。
目が見開く。
全身が硬直する。
その場に、張り付いたように動かない。
後ろの三人が息を呑む。
「……おい」
イナミが小声で呼ぶ。
マナスは、ゆっくりと顔だけを戻した。
その表情は、青ざめていた。
明らかに異常。
レアが静かに問う。
「……何がいましたか」
マナスは、乾いた唇を動かす。
「大空洞です」
掠れた声。
「その中央に――」
喉が鳴る。
「アルファザードがいます」
沈黙。
「……は?」
イナミの声が引きつる。
マナスの額には冷や汗が浮かんでいた。
「SS級タペスト」
「竜種下位――アルファザード」
青い鱗。
巨大な体躯。
鋭い爪。
そして、ただそこに伏しているだけで分かる圧倒的な格。
人里離れた地にのみ棲む、凶暴な竜種。
本来なら――
絶対に遭遇してはいけない存在だった。




