試始
の裏から外へ出たソラは、まだ残る違和感を抱えたまま空を見上げた。
明るい。
完全に朝だった。
「……なんでだ」
小さく呟くと、隣でアシュベルがひょいと顔を出す。
「時間の流れが違うのよ」
あっさりと言った。
「精霊の巣窟の中は、現実の大体10分の1くらいの時間で進むの」
ソラは眉をひそめる。
「……じゃあ、さっきのは」
「1時間くらいでしょ?」
アシュベルが指を折る。
「現実だと、だいたい10時間」
ソラは息を吐いた。
(だから夜が明けてるのか……)
納得はできる。
だが、やはり常識から外れている。
そんなソラを見て、アシュベルが腕を組む。
「あと、ひとつ」
「アシュベルって呼び方、やめて」
ソラが視線を向ける。
「イリーナでいいわ」
少しだけ照れたように言う。
「そっちが名前だから」
「……分かった、イリーナ」
素直に頷く。
すると、イリーナは満足そうに小さく笑った。
⸻
店の方へ戻る。
すると――
「……!」
数人の影が見えた。
イナミたちだ。
だが、様子がおかしい。
落ち着きがない。
周囲を見回し、何かを探している。
その中で。
イナミが、こちらに気づいた。
一瞬、固まる。
そして――
「ソラ!!」
全力で駆けてきた。
勢いのまま肩を掴まれる。
「お前どこ行ってたんだよ!!」
息を切らしながら言う。
その表情には、明らかな焦りが残っていた。
「夜出てったきり、戻ってこねぇから……!」
言葉が詰まる。
「先生とかロストさんも探してたんだぞ!?」
ソラは一瞬、言葉に詰まる。
「……悪い」
短く謝る。
その時。
「ソラ!」
ドミニクの声。
後ろから、ハバープルとロストを連れて走ってきた。
「無事か」
ハバープルの声は落ち着いているが、わずかに安堵が混じっている。
ロストも真剣な目でソラを見ていた。
ソラは軽く頭を下げる。
「心配かけてすみません」
そして。
一息置いてから――
「……説明します」
⸻
ソラは、滝の裏の洞窟。
精霊の巣窟。
そして、試練のこと。
すべてを話した。
誰も口を挟まない。
ただ、静かに聞いている。
話し終えた時。
空気が、少しだけ重くなった。
その瞬間。
ソラの横に――
魔法陣が展開された。
淡い光。
キラキラとした粒子。
そこから、ふわっと現れる影。
「よいしょっと」
軽い声と共に現れたのは、イリーナだった。
イナミが目を見開く。
「なっ……!?」
ドミニクも驚く。
ロストは――
明らかに反応が違った。
「……精霊、だと」
低く呟く。
その目は、強い興味と驚愕に満ちていた。
ソラは一歩前に出る。
「こいつが、イリーナ」
「精霊族です」
イリーナは軽く手を振る。
「どうもー」
軽い。
場の空気と合っていない。
ロストがゆっくり口を開く。
「精霊の巣窟に招かれる人間は……極めて少ない」
視線をソラに向ける。
「詳細も、ほとんど記録に残っていない」
静かに言う。
「非常に貴重な事例だ」
ハバープルは少し考えた後、頷いた。
「……一度、宿に戻りましょう」
「ここで話す内容ではありません」
全員がそれに従った。
⸻
宿。
荷物を置き、小さな会議用の部屋へ移動する。
扉が閉まる。
外の喧騒が遮断される。
ハバープルが前に立つ。
「状況は理解しました」
そして、ソラを見る。
「精霊の試練」
一拍。
「これをどう進めるか、ですね」
ロストが腕を組む。
「これはむしろ好機でしょう」
静かに言う。
「通常の体験学習よりも、得るものは大きい」
ハバープルは頷いた。
「同意します」
そして、生徒たちを見る。
「イナミ、ドミニク、レア、アイラ、ソラ」
「この班は予定を変更し――」
一呼吸。
「“精霊の試練の攻略”を目的とします」
イナミがニヤッと笑う。
「お、面白くなってきたな」
ドミニクも静かに頷く。
レアは何も言わないが、視線はしっかり前を向いていた。
アイラは少し緊張しつつも頷く。
ロストが続ける。
「引率として、専門家を一人つけます」
そう言って、扉の方へ視線を向ける。
コンコン。
ノック音。
「どうぞ」
扉が開く。
入ってきたのは、一人の男。
落ち着いた雰囲気。
知的な目。
「マナス・リガーデです」
軽く頭を下げる。
「魔法研究科所属、精霊分野を専門にしています」
ロストが補足する。
「彼はこの件に強い関心を示しています」
マナスはソラを見る。
「興味深いですね」
微かに笑う。
「実地で関われるとは」
(なんかやばそうなやつ来たな……)
ソラは内心で思った。
⸻
その後。
ソラたちはイリーナに問いかける。
「で?」
イナミが腕を組む。
「何すりゃいいんだよ」
イリーナは軽く指を立てた。
「新しい精霊の巣窟を作るの」
「場所は?」
ドミニクが聞く。
「どこでもいいわ」
あっさり。
「ただし条件がある」
空気が引き締まる。
「“密閉されていること”」
「そして――」
少し間を置く。
「“魔力が通っている場所”」
ソラは頷く。
「なるほどな……」
完全にランダムではない。
条件はある。
ハバープルが言う。
「では、まずは場所探しですね」
⸻
数時間後。
パークスの城外。
森。
ソラたちは探索を始めていた。
木々の間を進む。
しばらくして――
「ねえ!」
アイラの声。
振り返ると、手招きしている。
近づく。
そこにあったのは――
木の根元。
ぽっかりと空いた穴。
「これ……」
覗き込むと、地下へ続いている。
洞窟だ。
ソラは少し考え――
「ここ、いいんじゃないか?」
と口にする。
だが。
イリーナが、すっと前に出た。
「……惜しい」
「もう一つ条件があるわ」
全員の視線が集まる。
「その場所に――」
「魔物がいないこと」
一瞬の沈黙。
イナミが笑う。
「いや絶対いるだろこういうとこ」
ドミニクも頷く。
「確認は必要だな」
ソラは前を見る。
暗い洞窟。
先は見えない。
(……行くしかないか)
一歩、踏み出す。
「とりあえず調べるぞ」
その言葉に、全員が続く。
暗闇の中へ。
新たな試練のために――。




