影値
アシュベルは腕を組み、少し得意げに顎を上げた。
「いい?精霊に会うにはね――」
軽く指を立てる。
「“精霊の巣窟”って呼ばれる場所に行かなきゃいけないの」
ソラは眉をひそめる。
「……巣窟?」
聞き慣れない言葉。
アシュベルは頷く。
「そう。精霊が集まり、存在している特別な場所」
少しだけ周囲を見渡す。
「……ここみたいにね」
ソラは静かに納得する。
(この洞窟自体が、そういう場所ってことか)
アシュベルは続けた。
「でもね、誰でも入れるわけじゃないの」
その声は、さっきまでより少しだけ真面目だった。
「精霊の巣窟には、“招かれた者”しか立ち入れない」
ソラの目が細まる。
「……招かれる?」
「そう」
アシュベルはあっさりと言う。
「招かれるかどうかは、“影響値”で決まるのよ」
「……影響値?」
初めて聞く単語。
ソラはすぐに問い返した。
「なんだそれ」
アシュベルは一瞬だけ「あー」と頷く。
「そりゃ知らないか」
軽く肩をすくめる。
「人間族は、それを“見ることも認識することもできない”からね」
ソラはさらに眉を寄せる。
「……どういうことだ」
アシュベルは少しだけ姿勢を正した。
「影響値っていうのはね」
声のトーンが変わる。
「創世の時代に、神から“精霊族だけ”に与えられた力なの」
空間が、少しだけ張り詰める。
「私たちは、それを“感じる”ことができる」
「でも――」
一瞬、間を置く。
「他の種族に、その数値を直接伝えることはできない」
「もしそれを破ったら?」
ソラが短く聞く。
アシュベルは、さらっと言った。
「死ぬわよ」
「……」
軽い言い方だったが、内容は重い。
ソラは一度息を吐く。
「……なるほどな」
理解はした。
完全ではないが、仕組みとしては。
そして、改めて問う。
「で、その影響値ってのは結局なんなんだ」
核心。
アシュベルはその場にしゃがみ込んだ。
近くの石に腰を下ろす。
「いい質問ね」
少しだけ楽しそうに笑う。
「影響値っていうのは――」
視線をまっすぐソラへ向ける。
「“その生物が世界に与える影響”を、数値として可視化したもの」
ソラの思考が、静かに回り始める。
「例えばね」
アシュベルは指で空中に円を描く。
「どこにでもいる普通の人間」
「何も大きなことをせず、一生を終える人」
「そういう人の影響値は、大体――1000くらい」
「……1000」
ソラは繰り返す。
アシュベルは続ける。
「でも、商売で人やお金を動かしたり」
「社会に影響を与えたりすれば――」
指を一本立てる。
「10000くらいにはなる」
「なるほどな……」
イメージはつく。
だが。
アシュベルは、そこで少し笑った。
「じゃあ問題」
「とんでもない影響を持つ存在は、どれくらいだと思う?」
ソラは少し考え――
「……100万とかか?」
とりあえず、桁を上げる。
だが。
アシュベルは、首を横に振った。
「甘いわね」
そして。
ゆっくりと、言った。
「影響値が――」
「1,000,000,000,000を超えると」
一拍。
「“世界を作り変える”レベルになるわ」
「……は?」
ソラの思考が、一瞬止まる。
桁が、異常だった。
「……それ、人間にいるのか?」
思わず聞く。
アシュベルは、少しだけ意味深に笑った。
「さあ?」
はぐらかす。
だが。
その反応が逆に、何かを示している気がした。
ソラは小さく息を吐く。
(……とんでもない話だな)
だが同時に。
納得もしていた。
(だから“選ばれる”のか)
精霊の巣窟に入れる者。
それはつまり――
“世界に影響を与える可能性を持つ存在”。
ソラは静かに頷いた。
「……理解はした」
アシュベルは満足そうに立ち上がる。
「よし」
ぱん、と手を叩く。
「じゃあ!」
一気にテンションが戻る。
「試練、やるわよ!」
「……」
ソラは自然と構える。
警戒。
さっきの話の流れからして、ただ事じゃないはず。
アシュベルは、ビシッと指を突きつけた。
「あなたの試練は――」
一拍。
「新しい精霊の巣窟を見つけること!」
「……は?」
ソラ、フリーズ。
数秒、無言。
「……それだけか?」
思わず確認する。
アシュベルはケロッとしている。
「うん!」
即答。
ソラはポカンとした。
「いや、もっとこう……戦うとか、命懸けとか……」
アシュベルはケラケラ笑う。
「別に“死ぬような試練”なんて一言も言ってないでしょ?」
「……まあ、そうだが」
肩透かしだった。
ソラは少し考えてから聞く。
「拒否権は?」
アシュベル、即答。
「ないわ!」
ドン。
「強制参加よ!」
満面の笑み。
(パワハラ上司かよ……)
ソラは心の中でツッコむ。
だが。
その瞬間。
空気が変わった。
アシュベルの表情が、すっと消える。
さっきまでの軽さが、一切なくなる。
「……ソラ」
静かな声。
その手が、ゆっくりと上がる。
「汝に――」
わずかに光が集まる。
「精霊の試練を与える」
次の瞬間。
ソラの周囲が、黄色い光に包まれた。
視界が染まる。
魔力とは違う。
もっと“純粋な何か”。
そして――
目の前に、現れた。
透明な板のようなもの。
そこに浮かぶ文字。
『精霊の試練』
「……なんだこれ」
ソラが呟く。
アシュベルは元の調子に戻っていた。
「それはね、試練を受けた人にしか見えないやつ」
軽く説明する。
「クリアしたら消えるから安心しなさい」
「あと――」
指を立てる。
「試練中は、私がついていくから」
「……は?」
「安心でしょ?」
ドヤ顔。
(不安しかないんだが……)
ソラは内心で思う。
⸻
そのまま、洞窟を出る。
滝の裏から外へ。
水音が一気に戻ってくる。
そして――
「……?」
ソラは、立ち止まった。
空を見上げる。
明るい。
さっきまで、夜だったはず。
だが今は――
完全に朝。
「……おい」
ソラが低く言う。
「今、どれくらい経った」
アシュベルは首をかしげる。
「んー?」
「体感的には、1時間くらい?」
ソラの目が見開かれる。
(……ありえない)
夜だった。
確実に。
それが――朝になっていた。




