潜門
馬車はゆっくりと速度を落とし――やがて止まった。
「到着です」
御者の声が響く。
ソラたちは順に馬車を降りた。
目の前には、高くそびえる城壁。
その中央に、大きな門が構えられている。
「ここが……」
イナミが思わず呟く。
水城都市パークスの入口。
ソラは、わずかに門の内側を覗き込んだ。
その瞬間――
「……っ」
空気が変わる。
ひんやりとした風。
微かに湿った匂い。
そして――
絶え間なく聞こえる、水の音。
視界の奥。
都市の中には、至るところに水が流れていた。
地面を走る水路。
建物の間を縫うように巡る水。
上から流れ落ちる細い滝。
光を反射して、きらきらと輝いている。
(……すごいな)
思わず、そう思う。
ただ見るだけで分かる。
この都市は、“水”そのものだった。
「入りますよ」
ハバープルの声。
ソラたちは頷き、門をくぐる。
一歩。
足を踏み入れた、その瞬間。
「ようこそ。よくお越しくださいました」
落ち着いた声が、正面から響いた。
見ると。
一人の男が立っていた。
整ったスーツ。
無駄のない姿勢。
年は二十代ほど。
穏やかな笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げている。
ハバープルが一歩前に出た。
「歓迎、感謝します」
軽く言葉を交わす。
そして振り返る。
「紹介します」
生徒たちへ向けて言う。
「彼はロスト」
「パークス魔法省総務課の上役です」
ざわ、と小さく空気が揺れる。
魔法省。
各国に設置される、魔法の発展を担う機関。
その上役。
つまり――
(相当な実力者だな)
ソラは静かに見つめる。
感じる魔力量。
表に出ているだけでも、かなりのものだった。
(……アイネと同等か、それ以上)
自然と、そう判断する。
ロストは穏やかに微笑んだ。
「短い間ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
その言葉には、余裕と自信が滲んでいた。
⸻
ロストの案内で、一行は都市の中を進む。
石造りの道の両脇を、水路が流れている。
小さな橋をいくつも渡る。
建物の壁からは、水が滑らかに落ちていた。
そのすべてが、美しく整えられている。
「……やば」
イナミが小さく呟く。
完全に圧倒されていた。
しばらく歩いた先。
一際目立つ建物が見えてきた。
「ここです」
ロストが立ち止まる。
その瞬間。
「えっ、ちょ……」
イナミが声を上げた。
建物の上部から、水が流れ落ちている。
白い外壁に、透き通った青が映える。
まるで、水そのものを装飾にしているような造り。
幻想的な光景だった。
「ここが、今回皆様にご利用いただく宿です」
ロストが言う。
「パークスで最高級の宿となります」
「……は?」
イナミが固まる。
ドミニクも、さすがに目を見開いた。
ソラも、わずかに驚く。
(ここが……宿か)
⸻
中へ入る。
扉をくぐった瞬間。
光が、視界に広がった。
豪華な装飾。
水晶のように輝く照明。
床には水を模した模様が広がり、まるで流れているかのように見える。
「すっげぇ……」
イナミが素直に漏らす。
ドミニクも無言で見回している。
アイラは完全にテンションが上がっていた。
「綺麗……!」
その隣で。
レアもまた、静かに周囲を見ていた。
ミミを抱えたまま。
その表情には――
わずかな驚きが浮かんでいる。
「……」
普段の無機質さが、ほんの少し崩れていた。
⸻
部屋へ案内される。
割り振りは――
ソラ、イナミ、ドミニク。
そして、レアとアイラ。
それぞれの部屋に分かれる。
荷物を置き、一息つく。
その瞬間。
「なあ!」
イナミが勢いよく振り返る。
「街、見に行こうぜ!」
目が輝いている。
「せっかく来たんだし!」
ドミニクはため息をつきながらも立ち上がる。
「……まあ、いいだろう」
ソラも軽く頷いた。
⸻
外へ出る。
街は、想像以上だった。
至るところに、水。
そして――
店。
だが、並んでいるものは少し変わっていた。
「……水?」
イナミが首をかしげる。
棚に並んでいるのは、瓶に入った水。
透明。
だが、色や輝きが微妙に違う。
ソラは一本、手に取った。
「これ……何が違うんですか?」
店主に尋ねる。
すると。
「水にも個性がありますからね」
にこやかに答える。
「舌触り、甘み、粘度――すべて異なります」
「……は?」
イナミが固まる。
ドミニクも眉をひそめる。
「水で?」
半信半疑。
だが。
「試してみますか?」
そう言われ、全員で飲んでみることになった。
⸻
「……え」
イナミが固まる。
「なにこれ」
別の水を飲む。
「いや全然違うんだけど!?」
騒ぎ始める。
ドミニクも驚いていた。
「……確かに違うな」
ソラも、ゆっくりと味わう。
確かに。
微妙だが、明確に違う。
後ろで見ていたハバープルや職員たちも、思わず驚いていた。
「これは……興味深いですね」
水と共にある生活を、肌で感じていく。
水城都市パークス。
その魅力は――
想像以上だった。
そして。
この美しい街で。
何かが、静かに動き始めていた。




