第218話 まだちょっとは好きですか?俺のこと
部屋に戻ってもやっぱりブレアはおらず、あちこち探し回っても見つからず。
仕方なく再び部屋に戻ってきたルークはいつも通りにしてブレアを待つことにした。
ちゃんとリアムに言われた通りブレアに言う事を考えているつもりではあるのだが全く正解がわからない。
普段通りに過ごしているせいで、余計に自分の思考が後ろ向きになっているのを感じる。
掃除をしているとブレアの生活感のなさが怖くなるし、料理をしようとするとブレアの好きな食べ物すら知らないことを思わせた。
ブレアがいないと普通にやることがなく、汚れてもない箇所をひたすら掃除し続けていると――ブレアは消灯時間ギリギリに帰ってきた。
「あっ、先輩!えぇっと……。」
「……?ただいま。」
「……おかえりなさい。」
第一声はどうしようか、本当に考えた言葉でいいのだろうか、いやその前に挨拶だろう。
あれこれ悩んでいるうちにブレアに先を越されてしまった。
「うん、おやすみ。」
小さく頷いたブレアは当然のように別の挨拶を重ねる。
もっと不機嫌に無視されるかと思ったが、意外と普通だ。
「もう寝るんですか!?あの、夕食は――」
「……作ったの?」
むしろ普通すぎて怖い。何を考えているのだろう。
それとも考えるまでのないほど気にしていないのだろうか。
「昨日も作ってたんですよ!食べてくれませんでしたけど。」
「わざわざそんなことしてくれたんだ。僕別れよって言ったのに。」
ブレアはアメシストの目を丸くしてルークを見る。
当たり前のことをしたまでなのだが、本気で驚いているらしい。
「当たり前じゃないですか!家事は付き合う前からしてますし……。」
「それはそうだけど。」
付き合う前と別れた後では、状態が同じでも状況は違うだろう。
ルークがあまりにも曇りなき目で言ってくるのでブレアが間違っている気がしてくる。
「そういうの、したくなくなったらしなくていいよ。僕のことは気にしないで君の好きにするといいから。魔法の練習とか勉強だってしたくないならしなきゃいいし。この部屋だって、いたくないなら出て行ってくれて構わないし――」
「先輩が俺に出て行ってほしいならそうします。」
部屋を見回しながら話すブレアから、ルークは目を逸らさずに聞く。
予想外だったのか、ブレアは俯いてしまった。
「……別に、そうは思ってない。」
「俺としては一生先輩の傍にいたいんですけど、先輩に嫌な気持ちはさせたくないです。でも……色々考えたんですけど……先輩、嫌いになったら絶対容赦なく追い出すじゃないですか。」
振った相手を部屋に置いていいのだろうか、とはルークも思った。
なのに答えはルーク次第だなんておかしい。ブレアが嫌いな相手の好きにさせるわけがない。
「だからその、めっちゃ自意識過剰で恥ずいんですけど、違ったら本当に申し訳ないんですけど……まだちょっとは好きですか?俺のこと。」
ピクリと肩を跳ねさせたブレアが、誤魔化すようにルークの様子を伺う。
ルークの顔が少し赤くなっている。自分で言った癖に。
「……さあね。」
ブレアはぱっと魔法で部屋着に着替えた。
ルークの話が終わったと思ったのか寝ようとしている。
「否定しないってことはそういうことじゃないんですか!?」
半年一緒にいても、ブレアの考えていることは全くわからない。
好きなものも魔法とリアムと母親くらいしか知らないし、普段どこを見ているのかもわからない。
それでもブレアがどう動くか、は少しわかってきたつもりだ。
リアムのようにブレアのことを全てわかっているわけではないし、アーロンのように空気を読むのが得意なわけではない。
ただのパターン学習で根拠も何もないが、ブレアは嫌いな相手にこんな気遣いを見せないと思う。
「……ちゃんと覚えてる?明日終業式だけど。」
「えっ、そう……でしたっけ?」
ブレアの返答を待っていたのに、全く関係ない話題だった。
そしてルークには全く身に覚えのない情報で、思わずカレンダーの方へ目を向ける。
確かに明後日から春休みだったし、言われてみればリアムがHRでそう言っていた気がする。まずい、成績表が。
「忘れてると思った。ちゃんとお母さんに顔見せに行ってね。」
ブレアはするりと距離を詰め、両手で包むようにルークの頬に触れた。
「え――」
すぐに背伸びをしてそっと口付けをすると、糸が切れたようにルークの力が抜ける。
ブレアはバランスを崩しかけるがなんとか支えて、ふっと息をついた。
「何で自由にしてくれないのかな。……僕がこうしてあげないと寝られないって、不便でしょ。」
唇が触れる瞬間、いつものように魔法を使ってルークを眠らせた。ルークはギリギリ気づいていないと思う、ブレアの自己満足だ。
併用して発動させた強化魔法で支えたルークをベッドに寝かせてやる。
自分も寝ようと思ったが、少し悩んだ後ルークの枕元に座る。
いつもリアムがブレアにしていたように、そっと金色の髪に指を通してみた。
「リアムってすごいよね。優しいし、賢いし、魔法もうまいし。実家太いし、綺麗な彼女いるし。」
ルークが全く動かないのを確認してから話し始める。
「僕、自分の進路のこととか、君のこととか、エリカやリリカさんのこととか。色々考えて思ったんだ。」
独り言なんておかしいだろうか。
そんなことは微塵も思わずに、ブレアは自分が満足するためだけの言葉を重ねていく。
「――この人の人生、僕が滅茶苦茶にしたんだなぁ……って。」
髪を撫でる手を頬に移動させ、その後ルークの手に重ねる。
「本当に好きな人のことって、振り回したら後悔するんだね。だからアーロンとかアリサって、こういうの適当なんだ?」
リアムがブレアの寝顔を好む気持ちがなんとなくわかった気がして――上手く言葉にできないこの気持ちが逃げてしまわないように、きゅっとルークの手を握って囁く。
「――好きだよ、ルーク。」
ブレアはほんの少しだけ口角を上げて、触れたばかりのルークの手を離した。




